橋下氏「盛土問題の自己検証報告書は、報告書としては欠陥である。僕が知事ならこの報告書はやり直し」10/1のツイッター

(twilogより引用)
東京都政。豊洲盛土問題をきっかけとした都庁意思決定の検証報告。これは都庁大改革の第一歩として非常に重要。小池さんの大功績。都庁もこうだったか。大阪でも最高意思決定機関(戦略会議)を整備。補助機関として副知事・副市長会議。ここに上がるまでに各局・部・課で意思決定がされることになった

大阪では最高意思決定機関を整備し、意思決定プロセスを書面化・公開することにした。役所は積み上げ型の意思決定プロセスが多く責任の所在が不明確になりがち。最高意思決定機関を整備すると、司、司で意思決定がきちんと行われる。そしてプロセスを書面化して公開。

一点不可解なのは、盛土があるとの答弁書を惰性で使っていたとのこと。役所では普通はあり得ない。議会答弁は役所内関係各所で調整する。知事が答弁するとなれば全庁的に調整する。これもきちんと行われていなかったとういのか。

盛土問題をきっかけとした都庁意思決定の検証報告書。重大な見落としがある。小池さんもメディアもそして都庁自体も全敷地に盛土が必要であることを前提としているが、都庁のその意思決定が不明。専門家会議で提言を受けた後、都庁の意思決定がない。すなわち積み上げ型で方針を決めた。

やはり専門家会議の位置付けが必要。決定機関なのか、参考機関なのか。条例設置でなければ後者。今回の専門家会議は後者だろう。そうであれば専門家会議の提言を受けて都庁の意思決定が必要。今回それがなかった。そうすると説明不足があったにせよ、これは計画変更とは言わないだろう。

盛土問題の自己検証報告書は、報告書としては欠陥である。なぜなら、専門家会議の提言を受けて都庁がどのような意思決定をまずしたのかの確定がない。専門家会議は決定機関ではない。最初の意思決定に反したら問題だが、今回の報告書は最初の意思決定の確定がない。

検証報告書を読む限り、盛土問題は当初の意思決定を勝手に変更したというものではなく、積み上げ型の意思決定で徐々に方針が決まっていったというものだ。巨大組織なので情報共有も不十分だった。もちろん、これは問題があり今後は要所要所で意思決定を行う必要があるが、検証報告書は欠陥。

盛土問題の検証報告書を読むと、今回の問題は、専門家会議の提言や技術会議の提言を受けて、都庁の意思決定がなかったことだ。本来はここで行政的な観点から提言に修正を入れる機会を設けなければならない。そして情報共有。今回は積み上げ型の意思決定だったので計画変更があったのではない

盛土問題検証報告書は欠陥。地下空間を設けてはならないという都庁の意思決定が確定されていない。にもかかわらず、地下空間を設けたことを都庁の意思決定に反しているような報告書になっている。専門家会議の提言が都庁の意思決定というならその根拠は?僕が知事ならこの報告書はやり直し。
(引用終わり)

「地下空間」
誰が決めたか分からない。と問題になってますが・・・

橋下さんは、
「盛土すべき」の前提も、誰が決めたか分からないのでは?と指摘しています・・・

議論の根本に関わる問題を指摘しました。

何となく決まって、何となく変更された。
と、言う事になるのでしょうか?

「何となく変更」だけでなく
「誰彼なく、何となく決まった」も事も問題ですよね・・・

これぞ「役人」
のちに、責任を問われない究極のやり方なのでしょうか!?

日本維新の会」 「大阪維新の会
・幼児教育から大学(私学を含む)まで、口だけじゃない本気の「教育無償化
・将来、不安な年金を、公平で確実にもらえる「積立式の年金」に転換
・少子高齢化に対応し、地域の創意工夫でさらに持続発展できる社会をつくる
※維新の全国会議員は、歳費の20%(計486万円)を毎月被災地に寄付しています

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コメント

  1. アンパンマン より:

    何となく決まって誰も責任を問われないのは「役人」に限ったことではないと思います。
    日本は聖徳太子改め厩戸王の時代から「和を以って貴しとなす」を行動指針にしてきた国なのですから
    本来「和」というのは「君子は和して同ぜず」とあるように同調とは違いますが、日本の行動指針はぶっちゃけ「同を以って貴しとなす」でしょう?

    例えば貴方が課長だとして、貴方以外の課員が全員「右」と言っている状況で自分がリーダだから「左」と押し切れるか?
    押し切っても何ら問題ないのですが、押し切ると「あの課長は勝手だ」と陰口を叩かれるのが日本じゃないでしょうか?
    そんな状況で「右」とした意識決定者は印鑑を付いた貴方だと言われれば、貴方は多分反論するでしょう。自分は単なる取り纏めだと。
    KY(空気読めない)って言葉が流行ましたが、そもそも空気を読むって発想自体が諸悪の根源とも言えるのではないでしょうかね?

    意思決定の責任を明確にせずにやるべきではない…というのは、その通りだとは思います。
    しかし「責任者を明確にせず、空気で物事を進める」のを当たり前としてきた職場の暗黙のルールに真面目に従って業務を遂行して来た人達を断罪するということは、事後法で関係者を罰した東京裁判を彷彿とさせるもので支持できません。密告者を求めるなどは論外です。
    小池氏のなすべきは「新たにルールを決めて、今後の意思決定を明確にする」であり、過去の断罪ではないはずです。

    だいたい大阪都構想、大阪府と大阪市の2人のリーダでは府市合わせが発生するのでリーダを一人にする(責任者を明確にする)というのを「リーダが暴走したらどうする」などと批判したようなTVのコメンテータ達が「盛土の責任者の不在」を断罪するなんて、いったい何の冗談かと思うところです。

  2. 仲井 より:

    日本の役所に、何故【縦割り】などという内容、構造が出来上がりだしたのか、之にはもう簡単な状況が有ります。
    現在全国で言われている者とは全く違うことが大きく作用しています。

    コメンテーターは必ずこの文言で役所は役所はなどと言い放って解説します。

    根っこの部分は実は全く違います。

    省庁や役所の中で、何故縦割りが出だしたのか、
    この訳は、これは単純に役所内の人間が或る時期から役人自身の民族が,
    日本人から違う民族に、いつの間にか入れ替わりだしてきた時期からです。

    民族が入れ替って来たからです。

    こんな内容を二点。

    昔、瀬戸内海に「みどり丸」という船が沈没し、それを国と県が海底から引き揚げという事業が行われたときがあります。この船に関しての引き上げの事業は大変技術的に難しい内容でした。

    この折に瀬戸内海側に面した地域でいてた政治家が、当時日本で或る呼び名で三羽烏と言われた素浪人タイプのあの三木武吉、彼がいてるときにこの事業が行われた。
    潜水夫の中には、日本人に混ざって日本に在住の朝鮮民族も少なからず含まれていた。
    当時県の方から周辺の関係する海岸線での漁業権を持っている人らとの間で、県からは地元とかの協力を得たいという内容が有って、その当時周辺地域から代表者らが県と話によく県庁や地域役所に行っていた。

    今で言う別室で秘密裏に会談などというものではなくて極オープンにという状況で色々な部署に所属していた職員が一時的にそこに加わったりして、話の内容は県庁の職員で有れば大体は皆がほぼ共有できる状況でまあ言えば地域の役所は職員全員が大体の内容は共有で来ていた。

    一言誰か職員に聞いただけでも、ほぼ皆が内容を知って居て返事がすぐにかえってくるほどの状況であった。

    県庁でもそんな違う部署だから知らないだなどは実際に出向いて話を聞いた兄や親父の当時の話では全く無かった。
    うちの家も兄や親父が地元からの意見を申し上げによく出向いたりしていて我々子供時代に内容を聞いていたが、何の問題も無く県庁の誰に聞いても行けるような説明を、ほかのあらゆる内容でも隠すとかいう発想がそもそも無くて、職員のほぼすべてが別の担当であろうがよく知っていて、内容については全く別の担当でもよく喋っていたと状況であった。

    もう一つ。
    瀬戸内海という内海でも、海岸線に押し寄せる大波、海岸に向けての石垣を2m以上高く組んでその石垣の上に建ててある工場、住宅の屋根を、それを越えてまで襲ってくる台風での大波、室戸台風、ジェーン台風の折の時に、いずれも海岸に向いた方の住宅の屋根の上を嵐の波が越えて来て、作業場を家ごと波に家ごと波にさらわれたことがある。
    浜辺の沖側に面した側の方の建屋をそのまんま高波で持っていかれたことが有る。。
    私のところだけではなくて永年この被害がこの地域の集落での海岸線でよく起きていたのでこれを政治家へ陳情にということで、県庁を通じて、地域から、海岸の沿線8キロぐらいに渡っての海岸線での道路部分への防波堤を作って貰おうと、県庁に行った折にも県庁にはものすごく多くの職員がいてたがどの職員に聞いてもほぼ内容が解るぐらい、皆がそれほど内容を共有しようと努めていた時代だった。

    この時代の公務員は、一つの内容が出てくると、もう数日たてば大体の問題点と大体の要望内容を部署など関係なく掴んでいた。
    一つの地域のこんな要望に於いても、県という大きな単位の自治体でさえ、当時、こういう要望の大きな予算が特別にこの地域に行くという内容に関しては、こういう場合は全部の結構職員の間でかなり風通しよく物事が内容と中身が知れ渡り、進んでいた。

    大体が隠そうとか隠し事を作るだとか、そういう発想にはあまり言っていなかった。だから何かが起これば皆がそのことを自分は個々を知っているだとかが普通に何の遠慮も無く出てきていた。
    みんなが内容をある程度までは共有してくれていたからだ。

    役所の職員の人事昇格にしても、当時であれば、職員自身がどの人が次に昇格するかは仕事がどの者が能力が高くて出来るかどうかを、周りの職員自体が皆が日頃よく知って居て、昇格は予想通りにだれもがやっかみだとか誰かの力が働いての優遇だとか、そもそもそういう発想など持ち合わさずに、誰が仕事が出来るのかを客観的に皆が見ていて昇格したら【当然だろうと、そらそうだろう】という感覚で捉えられる状況であった。
    日本人の公務員が殆どの時代までは。

    だから意外な気がするような、その者が仕事ができもしない者が、突然にこの者が定期人事で昇格だとかは、当時は絶対にあり得ない世界だった。

    此処がまず公務員が、民族そのものがほかの民族に入れ変りだしてから、民族が入れ替わりだして全く違ってきだした。
    職員の昇格の人事が、とにかく面食らうような、なんであんな馬鹿者がと、異常な状況での昇格辞令が出だしだした。
    ここらから、中に所属する人事部の者らが、民族が日本民族から朝鮮民族に入れ替わりだした。
    創価学会の会員の公務員も大量に出てきだした。
    ご存知の通り日本民族が非常に少ない団体。

    最近大阪で吹田に在る阪大病院によく行く機会が有るが、あの病院の入り口のカウンターの窓口で見ていると、それがもう極端にそうなっていることが解る。

    玄関を入ると、真正面に1~8番ぐらいまで窓口が有るが、これらの窓口の者らはそれぞれが互いを全く知らないという状況。
    名前さえも。
    1番の窓口の者と3番の窓口の者は、見ず知らずで、名前も知らないし、話もしたことも無い状況で、あそこのカウンターで存在している。

    一番ひどいことは、カウンターの窓口の管理とかそこに居てる職員を管理し指導したりする直接の担当の上司だとかを、それが誰でどういう名前の者がそうなのかまで、カウンターの者は誰に聞いてもほぼ知らない。
    自分の上司の名前すら知らない。

    みんなが別々の企業の社員のような状況で、寄り集まった他人同士が底で居てるというレベル。
    皆さんも要ったらわかると思います。

    だからあの場所で問題が発生して上司を呼んで来いと言っても、誰が自分のこの担当内容の管理責任者なのか、上司なのかすら知らない。話もしたことが無いという状況。
    上司にもだ。
    其れも直接の自分の管理の上司なのにだ。
    これが日本民族では無い朝鮮民族が公的機関で組織になると考えられない構成図になってしまう。

    この状況を不思議だとかおかしいとはこいつらは思わないのだ。
    奴等にすれば、朝鮮民族が何百年とやってきたそのそれこそ都合が良くて他人に自分のことを知られないで済むのだ。

    今回の東京都庁での職員のほぼみんながハンコを推した者のことを知らない、知らないと言っているのは、知っているのに黙っているというものばかりでは無いということも(これは絶対に駄目だが実はそういう事情で奴らは毎日いてる)現状の朝鮮民族の公務員社会では十分にありうる。

    内容を知ってるか、知らないかについては、これは知ってるが事実で、知らないと言ってるのは、これは朝鮮流のいつもの嘘つきの本性が出てるだけ。

    誰がという個人名までもの部分は知らないかもは私も思う。そういう朝鮮流の構造意識だからだ。

    現状日本の役所は、すべて隣の職員の内容はほぼ目にもしていないし、何にも知ろうとしないし、何のことでも自分しか見ていない。

    これは昔日本人が住んでいた長屋の中に、朝鮮民族が居住区にしていた「朝鮮人ぶ ら く」から突然に日本民族に化けて日本人住居地に入り込みだして来て、自分の身元が日本人では無いことがバレれば逮捕されるので、周り住民とは一切付き合うことも無く、ものも言わず、十軒単位以上の長屋でありながら、その一角の一軒に長屋の日本の住人と一緒に住んでいながら、周り住民にはバレたら困るので一切物も言わずにただ自分だけの生活に凝り固まっていた。

    周り住民とは隔離して自分で一切かかわろうとしない生活をやりだした。
    これが地域では逆に彼らの方が浮いて目立ち、不気味がられ、結果素性も判らん、ものも言わない者だということで、隣人らは逆にこの連中だけではなくて隣に入ってくる者は皆怖いと、日本の都会の住居地がこういう流れで近所付き合いが途切れていき遂には近所で物も言わない住居地が出来上がりだしたのだ。
    朝鮮民族が朝鮮人居住区から日本国籍に入れ替わり日本人として日本人居住の街に入り込みだしてから、日本の町は地域住民の集合体ではなくなり、皆が、【あの人知らん】とか同じ居住区でもそういう状況に言いだす状況になっていった。
    とんでもない地域に替りだし、意識が、他人は怖いという流れにまで行ったのだ。

    これが世の中が高度成長期に入りだす頃に、都会の中心から地方の都市にも広がりだし今となってはもう全国の役所や地域の街の中にまで、これが広がっていき結果自分以外のことは隣には物を言わない、その原因は朝鮮民族だとバレないために地域の居住地域で回りとは隔離したような雰囲気で住みつきだしたことが最大の原因だ。
    10年間で一千万人以上が全国にばらまかれ一斉に日本人居住区に日本国籍に入れ替って済みだした朝鮮民族が住みだした。

    そら大人しい日本人は、世の中は一瞬で地域の雰囲気は変わったはずだ。
    之だけの大量の外国の者が、この人数が一瞬で自分らのところに入って来て混ざりだしたのだから、当時の日本人にすれば本気で怖いと思ったはずだ。

    もうここまで戦後之だけの年代が進んできても、過去こういう流れで自分が皆生きてきているので、この生活態度は常に残っているし、特に公務員の世界での昇格という部分に於いては、まずは自分が朝鮮民族であることは絶対にバレ無いようにと、そのうえで自分は誰よりも早く昇格したいと、名刺に肩書が欲しいと、朝鮮民族奴隷が、朝鮮では絶対に無理だった夢にまで見た公務員の世界での権力という金のしゃちほこ、昇格のチャンスを得るために、自分の失点は死んでも作りたくないという奴隷が持つ本能、ここは日本人には到底わからないレベルの執着でこだわる。

    人の責任は絶対に共有しない。
    此処に徹底した本能を持つ。
    たとえ同じように参加してやっていても、いつの時点でか、これは自分に都合が悪いかもという匂いを嗅ぐと一瞬でその場から離れた態度をとり逃げる。

    いつの間にか都合が悪くなると自分だけがすり抜けてそこの場所から【自分に掛かる責任だけが」いなくなる。
    存在していなかったかに装う。

    人間の悪の部分を象徴的に生き延びてきた民族、これが今この我が国の日本の公務員として公職の場所に存在している。
    戦後このことが解って居ながら、それをまんまと気付かれないように裏で粛々と公務員になっていき、今では全国の公務員は日本民族を探すほうがむつかしいまでに来ている。

    今回の都庁の問題で出てきている公務員のその名前を、一度ゆっくり見つめてみてください。

    日本が今どうなっているかを、とんでもないことになってることをよく考えることです。
    現在の部長、課長、局長、何々長、これらの役職を得た者の配下に、部下に、もう早くも朝鮮民族の平の職員らが、将来日本の役所の幹部になっていく朝鮮民族の【卵職員】がわんさか存在しています。

    もう20年もすれば、日本中の役所、公務員のすべてが、朝鮮民族の公務員で埋め尽くされると思いますが。

    さて日本人の国民はこれを一体どう変えていくのですか?どうやってこれを辞めさせるんですか?

    私のように役所に電話をした折に、電話に出てきた公務員ひとりひとりに、

    【君は日本人か、それとも日本国籍に入れ替ってる朝鮮人か」と、
    聞きますか?聞けますか?

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