1/30 橋下氏ツイッター 「桜宮高校の問題は、もう日本のスポーツ指導の在り方全体まで遡って考えなければならない問題となった。」

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昨日(29日)、橋下さんと討論した、とくダネ小倉氏…
橋下さんが、今回考え直すに至ったスポーツ指導における体罰への認識を、どうしても納得出来ない様でした。
関連動画:1/29 橋下大阪市長出演「とくダネ」桜宮高校問題について 動画

しかし今日、女子柔道代表監督の件を報じた時は、さすがにショックだった様で、
昨日とは一変、「スポーツ指導における体罰について、すべての日本人は考え方を改めるべき」との事をコメントしていました…

橋下さんツイッター追記しました
産経新聞の下りはオチまで付いてます(笑)

(引用)
オリンピック女子代表チームにも暴力指導。桜宮高校の問題は、もう日本のスポーツ指導の在り方全体まで遡って考えなければならない問題となった。すなわち体育系の大学や、教育大学の授業、クラブの在り方まで遡って考えなければならない。暴力指導は連鎖する。

スポーツ指導において暴力指導を受けた者で、それを指導の一環と受け取ったり、愛情だと感じた生徒は、自分が指導者になった場合に同じ指導をする。自分が受けた指導を正しい、その指導のおかげで自分は成長した、ありがたいと思っているのだから当然だ。

日本のスポーツは、学校のクラブ活動と一体となっている。クラブ活動の指導者は、最終的に体育大学か教育大学で養成されるはずだ。日本の体育大学や教育大学はどのような指導方法を教えているのか。ここが問題の根源になるだろう。暴力指導は連鎖する。教員も生徒も保護者もそれを良いものと思っている

桜宮の体育科は、体育大学、教育大学の一歩前の体育の専門家を養成する場所。ここでの指導方法は重要だ。ここで間違った指導方法を教えると、間違った指導方法が連鎖する。体育科所属の教員の多くが間違った指導方法をやっていた以上、体育科をいったん閉めるのは当たり前。

そう感じていたけど、それが間違い。ラグビー部の体験が今の僕を作っているが、暴力指導方法がなくても今がある。催眠から覚めました RT @narupy0117: あなたはどうだった?あなたが今あるのは、あの時の指導があったからと思ってませんか? (続く…)

(続き)
結局日本のスポーツ指導論は進化していなかったのですね。旧態依然とした指導方法を継続していたのが桜宮高校体育科であり、日本の体育大学や教育大学なのでしょう。 RT @yukunpapa: 日本のスポーツ指導現場は、スポーツマネジメントという視点で進化すべき時に来たのでは。

それでも僕は生活指導の現場においてはどうなのか?まだ疑問があります。文科省や教育委員会の建前論と現場での声がかい離しているのではないか?ここは全市調査をします。

スポーツ指導の現場でそのような指導方法は不要です 。生活指導の現場と混乱しないようにRT @sphorse: そうは言っても言葉で理論的な説明をして判る生徒には良い事でしょうが、愛のムチで体でないと覚えられないような生徒は結局見捨てられて行く事になる。一律でルールを決める事は両刃

教育委員会が、桜宮高校の新しいカリキュラムを決定した。暴力指導が横行していた桜宮のスポーツ指導方法は一から見直さなければならないので実技科目は一端休止。まずは座学中心で生徒に考えてもらう。これはもはや体育科ではない。入試方法は受験生に配慮して体育科と同じ方法。

体育科と同じ入試方法を採用することを捉えて、体育科の入試中止は玉虫色だとか、看板の掛け替えだとか批判されたが、カリキュラム内容を見れば分かる。これは体育科ではない。ゆえに、受験生に誤解を与えないためにも、体育科の入試は中止すべき。

改革は最初の方向性を確定させることが重要。方向性が決まれば専門家が中身を詰めることができる。方向性を決めるのは最後は政治家しかいない。体育科の入試を継続していたら、ここまでのカリキュラムの変更はできないだろう。体育科として入学してきたのに、実技科目をなくすなんてことはできない。

そうなると結局これまでの継続性を維持。お茶を濁した改革しかできない。桜宮のスポーツ指導を立て直すには、これまでのやり方を一から見直さなければならない。まずは新入生を普通科でお迎えする。座学中心で、最新のスポーツ指導理論等を勉強してもらう。

クラブ活動の強豪高校では暴力指導を容認する風潮がある。これは小学校、中学校を通じて、そのような指導が行われ、全国大会を目指す生徒も保護者もそれを正しいと思っているからだ。暴力指導を正しいと思っているスポーツ指導者が日本には数え切れないくらいいるだろう。

桜宮高校での在校生や保護者、そして受験生にも多くいるだろう。ここをまず変えなければならない。在校生やその保護者からクラブ活動の再開を求める声が起き始めている。順番が違う。まずは学校で起きた自殺事件を考えること。そして学校の過ちに気付くこと。そこからスタートだ。

29日産経新聞夕刊。西論(該当記事リンク)。「爽快感が薄れた橋下政治」産経も骨がなくなったもんだ。単なるいちゃもん付け新聞に堕してしまった。日教組が日本の教育の元凶と言いながら、その日教組教育を守ってきた教育委員会制度にエールを送る。論理矛盾も甚だしい。

さらにこの西論のコラムは最悪だ。僕は、政治に爽快感など持たせようなどこれっぽっちも思っていない。売れなきゃ商売にならない新聞とは違う。こっちは実行してなんぼだ。爽快感に優れているが、何も実行できない政治など、僕は目指さない。政治は実行だ。

この西論の安本氏は、産経の社説は体育科の入試は継続すべきという主張なのに、どんどん流れる報道によってさすがに入試継続はまずいと思ったらしい。安本氏は、「暴力容認体質を残したままでの新入生受け入れに反対」と明言する。僕と全く同じ考えだ。

ところが、じゃあどうするの?については何も論ぜず、あとは僕が権限を振りかざしたことが、後味が悪いとか底意地が悪いとかいちゃもん付け。暴力容認体質を残したままでの新入生受け入れをストップさせるにはどうすれば良いかをまず論ぜよ。今の段階でその解はない。

1週間という機関で判断・決定・実行しなければならなかった。今の教育委員会制度のもとに、首長が使える権限を最大限に使った。それは予算執行停止の示唆だ。これには解釈上の争いはあるが、明らかに越権と言うわけではない。もしやろうと思えば、教育委員の罷免と言うプロセスもある。

しかし教育委員の罷免はこの段階でやり過ぎだろうと思い、予算執行の停止を示唆した。1週間しかなかったので、首長としての権限の範囲内でやれることをやった。教育委員会も激論し最終的には体育科の入試中止の判断をした。しかし教育委員会に任せたままでは入試が議題に上がることはなかったであろう

やはりここは、政治家である僕が、後の改革の方向性を定めるために、入試の是非を問題提起する役割だ。そしてその問題提起を受けて教育委員会が判断した。安本氏、その他にどのような方法があるのかきちんと示しなさい。貴殿レベルのいちゃもんで、いくらでも論破してあげますよ。

そもそも政治に爽快感など求めちゃいけない。爽快感が欲しいなら、有馬温泉サイダーがお勧めだぜ。
(橋下氏 twilogより)

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