朴大統領辞任表明に合わせ「慰安婦特集記事」を掲載する朝日の神経と思惑

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(慰安婦問題を考える)植民地、「総動員」の下で:朝日新聞デジタル

(引用)
 戦時中に朝鮮半島で慰安婦を数多く集めることを可能にしたのは、日本の植民地支配下で人を動員する仕組みがあったからではないかと、日韓の研究者は指摘しています。慰安婦問題を考えるシリーズで今回は、植民地支配とは何だったのか、女性たちを動員するシステムはどうだったのか、といった点について考えます。

■食糧も働き手も、農村は疲弊

 日本は1910年、大韓帝国を併合。朝鮮人は19年の「3・1独立運動」などの抗日運動で抵抗したが、警察に鎮圧された。20~30年代は比較的穏健な統治で「文化政治」と呼ばれたが、歴代総督は軍人で、警察官の数はむしろ増やされた(資料〈1〉)。

 日本の植民地支配を理解するための言葉の一つが「総動員体制」だ。植民地朝鮮での総動員体制を研究する庵逧(あんざこ)由香・立命館大教授(朝鮮近代史)によると、日本は第1次世界大戦直後から政治や経済、社会など国家のあらゆる力を戦争遂行に結集させ「総力戦」を戦う「総動員体制」を構想。朝鮮・台湾などの植民地を組み込み、鉄道敷設や鉱山開発、ダムや工場建設などの整備を進めた(資料〈2〉)。

 動員は人や物資など多岐にわたった。37年に日中戦争が始まると、日本政府は38年に国家総動員法を制定。職業紹介法も改正し、戦争遂行のためどの業種にどんな人材を配置するかを政府主導で決めた。44年には国民徴用令が朝鮮にも全面発動されたが、それ以前から「募集」「官斡旋(あっせん)」の方式で労務動員がされた。

 食糧をめぐっては、朝鮮の人口の8割がいた農村が米供給地と位置づけられ、日本内地への移出用に強制供出も行われた。

 朝鮮史研究家の樋口雄一・高麗博物館長(東京)によると、朝鮮の米は39年や42~44年に凶作となり、インフレと食糧不足で農村の貧困が深刻化。天候不順に加え、当局が軍需物資供出を優先し、肥料や農具が不足した。朝鮮内外の工場や炭鉱、南洋の占領地などに働き手が多数労務動員された結果、農業が維持できなくなり一家離散するなどの例が相次いだ(資料〈3〉)。

 戦時下の農村の悲惨な状況は、内務省嘱託職員が44年6月に日本から朝鮮へ出張し、7月にまとめた「復命書」に描かれている。

 当局に命じられた供出量に足りず、家屋や牛を売って補う農家や、食糧が底をつき草や木の皮で食いつなぐ農家もあると報告。「戦争に勝つ為(ため)」に「国家の至上命令に依(よ)って無理にでも内地へ送り出さなければならない」としつつ、朝鮮人労務者の「人質的掠奪(りゃくだつ)的拉致等が朝鮮民情に及ぼす悪影響」に触れ、労務者を送り出した農村は老父母と女性ばかりとなり「悲惨な状態」と強調している(資料〈4〉)。

 30年代末に戦時色が強まると、朝鮮総督府は10戸前後を1班とする「愛国班」を組織。米の配給や勤労報国隊結成など日本内地の「隣組」と同様、国策を行きわたらせる単位とした(資料〈2〉)。神社参拝や日本語使用など、朝鮮人の日本臣民化を進める皇民化政策を推進。「創氏改名」で日本式の氏をつくらせた(資料〈1〉)。志願兵制度や徴兵制を導入し、朝鮮人への選挙権付与も進めようとした(資料〈5〉)。

 日本の敗戦後、朝鮮人の不満の矛先は朝鮮在住の日本人や行政組織末端の朝鮮人に向けられ、警察署や役所などが襲撃された。朝鮮半島外に動員された朝鮮人は戦後帰郷すると、日本人官吏に「強制的に徴用された」として慰謝料を要求したという(資料〈6〉)。日本の支配に、内心では反発していた朝鮮人が少なくなかったとみられる。

 韓国ARGO人文社会研究所の李淵植(イヨンシク)・研究理事によると、朝鮮にいた日本人の多くは朝鮮人を「従順な人々」と思い込んでいた。日本支配からの解放を喜んで「万歳」を叫んだり、日本人をののしったりする心情が理解できなかったという(資料〈6〉)。

 ■直接的暴力なくても可能に

 植民地での女性の動員はどのように行われたのか。

 台湾には、慰安所に女性を派遣するよう台湾総督府が依頼した文書が残る。36年に設立された国策会社「台湾拓殖株式会社」が39年に出した「海南島海軍慰安所の件」。中国南部・海南島の海軍慰安所に台湾から芸娼妓(げいしょうぎ)計90人を派遣するよう総督府から依頼があったとされる(資料〈7〉〈8〉)。

 鳥取県知事が44年、県内警察署や内務大臣、朝鮮総督府にあてた通達もある。飛行機工場建設で朝鮮人労務者が鳥取に約千人来ていた。その一方、鳥取市内の遊郭に約100人いた日本人酌婦が半減していたため、打開策として朝鮮人酌婦を20人移入した、との内容だ(資料〈9〉)。

 米軍がビルマ(現ミャンマー)で捕虜とした朝鮮人慰安婦らの尋問記録(資料〈10〉)には、42年に703人の朝鮮人女性が釜山を出航して東南アジアに送られたとの記述があり、朝鮮人慰安所管理人の日記にも符合する記述がある(資料〈11〉)。吉見義明・中央大教授は「戦時中に女性を多数、船に乗せて戦地に運ぶことは民間業者だけでは不可能。移送は軍が主導したことは明らか」とみる。

 軍需動員や労務動員については、軍や朝鮮総督府による計画が道、郡の行政機構を通じて地域に割り当てられた(資料〈2〉)。慰安婦の動員について庵逧教授は、元慰安婦らが「役所の職員や地元の巡査が来ていた」などと証言していることに着目。「業者だけで集落の状況を把握するのは難しい。家族構成を細かく知る地元の公務員や、地域の有力者が女性集めに加担した可能性はある」とみる。

 45年4~5月に米軍が捕らえた朝鮮人捕虜の尋問調書には、慰安婦問題についての質問がある。「日本軍が朝鮮女性を売春婦として募集したと知っているか。この制度に対する平均的な朝鮮人の態度はどうか。制度から生じた騒乱や衝突を知っているか」

 調書は米ハワイに収容された日本軍捕虜約2600人のうち朝鮮人約100人を尋問し、うち3人から詳しく聞き取ったものとみられる。捕虜らは「朝鮮人慰安婦は自ら志願したか、親に身売りされた。日本による強制的な徴集があれば許しがたい暴挙とされ、怒り狂った蜂起で日本人は殺されただろう」と答えている(資料〈12〉)。

 調書を米公文書館で確認した浅野豊美(とよみ)・早稲田大教授(日本政治外交史)は「朝鮮人捕虜らは、慰安婦を業者による詐欺や、家父長制下でのやむにやまれぬ人身売買の犠牲者とみていた」としている。

 外村大(とのむらまさる)・東京大教授(日本近現代史)も、官憲を直接出動させて暴力的に連れて行く方法については「朝鮮統治への影響や要員確保のコストを考えると、あったとしても例外的。日本人の役人が直接手を下さなくても、現地職員や地域の有力者、業者が動いて動員できた」とみる。「支配する日本人が支配される民族の上に立ち、思うように朝鮮人を用いることができるよう制度や社会を作り上げたこと自体が、植民地支配の核心だった」(資料〈13〉)

 女性たちの意思はどうだったのか。日本政府は93年8月の河野洋平官房長官談話で「甘言、強圧など本人の意思に反して集められた事例が数多い」との認識を示した。元慰安婦らの証言集には「路上で軍服を着た日本人に腕をつかまれ引っ張られた」とか「工場に就職させる」と言われてだまされた、といった内容が記されている(資料〈14〉)。

 ■「植民地支配なければ、大勢慰安婦にならず」 韓国・成均館大学東アジア歴史研究所客員研究員、韓恵仁さん

 韓国政府機関の調査官として、多くの元慰安婦や労務動員の事例を調査した成均館大東アジア歴史研究所客員研究員の韓恵仁(ハンヘイン)さん(49)に慰安婦がどう集められたのかを聞きました。

 「元慰安婦に、朝鮮から連れて行かれる前に何をしていたかを聞いた調査(2001年)があります。対象者192人のうち家事(手伝い)や家政婦、子守をしていた、と答えた人が計122人。食堂や妓生(キーセン)などの接待業で働いていた、との回答者は9人でした」

 「女性たちが農村の集落などからどのように連れ出されたのか。証言を検証すると、日本の炭鉱や軍需工場に動員された青年らと重なる点が多いと気づきました。人集めをする業者らに植民地統治機関の末端の職員や警察官、地域の有力者が協力していました」

 「総動員体制のもとで1940年以降にできた徴集の制度を探ると、統治機関から人集めの許可を受けた業者は労務動員の対象者を集める一方、酌婦や女給などの募集をすることもできました。『女給募集』などを掲げ、慰安婦にする女性が集められたと分析しています。元慰安婦への調査でも、過半数が『職業詐欺』により動員されたと答えています」

 「朝鮮では20年代ごろから婦女子の誘拐や人身売買が問題になっていました。30年代末には紹介業を名乗る男らが甘言で女性を農村から連れ出し、上海の遊郭などに売りとばしたとして逮捕され、盛んに報道された事件も起きます。不正の横行も背景に業者への統制が強まり、統治機関の管轄のもと、許可を受けた業者が『募集活動』を展開できたとみています」

 「『紹介所の慰問団募集に応募した』という元慰安婦もいます。野戦病院で洗濯など身の回りの世話をする旨の説明で応募し、中国などに送られ、軍人の性の相手もさせられたというものです。形としては『募集に応じた』ことになりますが、元慰安婦の立場からすれば『だまされた』と受けとれます。朝鮮半島から日本(内地)や中国、南方などへの渡航には証明書類が必要で、統治機関の許可や協力がなければ困難でした」

 「労務者も慰安婦も、動員の主な対象は支配言語の日本語も十分理解できず、だましやすい貧しい農村の青年や女性でした。『無理やり引っ張られた』と証言した元慰安婦もいて、末端では強引な手法が取られたことがうかがい知れます。植民地支配がなければ、大勢の女性が慰安婦に動員されることはなかったと考えます」

 ■植民地とは――

 本国の外にあって支配下にある地域。武力によって獲得される場合が多く、本国から国民の一部が移住して現地住民を従属させ、開拓や開発が行われる。16~20世紀、欧米列強や日本などによりアジア、アフリカや中南米の大部分が植民地とされたが、第2次世界大戦以降に次々に独立した。

 日本は日清戦争により、1895年の下関条約で清(当時の中国)から台湾の割譲を受けた。朝鮮(今の韓国と北朝鮮を合わせた朝鮮半島全域)に対しては、日露戦争以来、しだいに支配を強め、1905年に大韓帝国の外交権を奪った。10年の「韓国併合に関する条約」では、大韓帝国の皇帝が統治権を日本の天皇に「譲与」すると書かれた。いずれも、45年の敗戦まで日本が植民地として支配した。

 65年、日韓基本条約仮調印のため訪韓した椎名悦三郎外相が「両国間の長い歴史のなかに不幸な期間があったことはまことに遺憾で深く反省する」と発言。95年の村山富市首相談話では「植民地支配と侵略」により「とりわけアジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えました」とし、「痛切な反省」と「心からのお詫(わ)びの気持ち」を表明した。

 ■記事で参照、引用した資料

 〈1〉趙景達「植民地朝鮮と日本」(2013年、岩波書店)

 〈2〉和田春樹ほか編「岩波講座 東アジア近現代通史第6巻 アジア太平洋戦争と『大東亜共栄圏』1935―1945年」(2011年、岩波書店)

 〈3〉樋口雄一「日本の植民地支配と朝鮮農民」(2010年、同成社)

 〈4〉小暮泰用「内務省管理局長宛『復命書』昭和19年7月31日」(1944年、外務省外交史料館所蔵・アジア歴史資料センター)

 〈5〉浅野豊美「帝国日本の植民地法制」(2008年、名古屋大学出版会)

 〈6〉李淵植著、舘野あきら訳「朝鮮引揚げと日本人」(2015年、明石書店)

 〈7〉朱徳蘭「台湾総督府と慰安婦」(2005年、明石書店)

 〈8〉日本軍「慰安婦」問題解決全国行動編「日本軍『慰安婦』関係資料21選」(2015年)

 〈9〉福井譲編「在日朝鮮人資料叢書7〈在日朝鮮人運動史研究会監修〉在日朝鮮人警察関係資料1」(2013年、緑蔭書房)

〈10〉東南アジア翻訳尋問センター「心理戦 尋問報告第2号 1944年11月30日」〈吉見義明編「従軍慰安婦資料集」(1992年、大月書店)所収〉

〈11〉安秉直編「日本軍慰安所 管理人の日記」(2013年、韓国)

〈12〉Military Intelligence Service Captured Personnel & Material Branch 「Composite report on three Korean Navy civilians, list no. 78, dated 28 Mar 45, re “Special questions on Koreans”」(1945年、米公文書館所蔵)

〈13〉外村大「戦後日本における朝鮮植民地支配の歴史認識」(「神奈川大学評論」第81号、2015年)

〈14〉韓国挺身隊問題対策協議会・挺身隊研究会編、従軍慰安婦問題ウリヨソンネットワーク訳「証言 強制連行された朝鮮人軍慰安婦たち」(1993年、明石書店)

 ◇慰安婦問題をめぐっては、2014年12月に識者に連続インタビューし、15年6月に専門家の座談会を掲載しました。7月には日本軍で慰安所が設けられた経緯を軍や警察の公文書で検証し、11月には慰安婦碑・像の設置をめぐる米国での論争を伝えました。今年3月には慰安婦と「挺身(ていしん)隊」の混同など、韓国で慰安婦問題がどう伝えられたかを整理し、5月には韓国人元慰安婦の文玉珠(ムンオクチュ)さんの証言や記録から、戦前や戦中の足跡をたどりました。

 慰安婦問題での日韓合意をめぐる動きや、戦場における女性の人権の問題などを、今後も取材・報道していきます。

 ◇この特集は編集委員・北野隆一、中野晃が担当しました。

最終的かつ不可逆的に解決されるとした「慰安婦問題日韓合意」
朴大統領失脚で危ぶまれています…

このタイミングで朝日が、わざわざ載せた意味…
容易に想像できますよね?

決して慰安婦問題は解決させない
朝日の非常に強い意志を感じます…

それと同時に、朝日の考えを改めて左派に示したとも言えます…(-_-;)

そして、この記事では「植民地支配なければ、大勢慰安婦にならず」と載せてます。
植民地支配に論点を動かそうとしている様にも見えます。

慰安婦の殆どは日本人だった訳で、植民地支配は何ら関係無いと思うんですが…

朝日がこだわる強制性を「植民地支配」に求める作戦のようです。
当時、植民地と慰安婦が存在したのは確かに日本だけですから、そこを特異性と訴えていくつもりなんでしょうか?…

>戦場における女性の人権の問題などを、今後も取材・報道していきます

ウソですよね(笑)
慰安婦の事しかやらないでしょう。
まして「ライダイハン」なんて…

P.S.
小池知事に対しての朝日の姿勢

改めて豊洲移転が見えてきたら、批判する様になったし…(朝日は豊洲反対)

オリンピック昨日の4者会合、森会長は批判せず…
(朝日グループのオリンピックでの利益、森会長次第で左右されるからね…)

さり気なく”維新”をおとしめる、懲りない朝日新聞

石平氏「”南京大虐殺”という言葉、一度も聞いた事がなかった」(中国にいた頃)(維新ニュースinfo)

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