(橋下徹氏twilogより引用)
日刊スポーツ飛ばしてますね。
そしてターゲットが橋下維新に向きつつある。 pic.twitter.com/xTYNzNbuBG— こたつぬこ (@sangituyama) March 1, 2017
(森友学園)
僕の大阪府知事時代、私学審議会と私学設置基準見直しの大号令をかけた。それは新規参入を拒み既存の私学を守る装置になっていたから。私立高校の無償化政策で公私・私私の切磋琢磨を促した。基準改定の中身は担当部局が行ったので指示は出していないが、基準緩和は僕の教育改革基本方針。行政が基準を改正する際、政治家や利害関係者からの要望を受けて行うのも普通のこと。あとはその改正がルールを逸脱していないか、政治家や官僚等がお金を貰っていないかの問題。今回の基準改正は多くの都道府県レベルに合わせただけで問題なし。金を受け取っていたらアウト。
https://twitter.com/adachiyasushi/status/836864900903407616
ホント、マスコミの報道はひどい・・・
朝日・毎日は仕方ないが
読売・日経までもだもんね・・・(-_-;)
今一度、松井知事の会見動画を貼っておきます。
何と言ってるか?是非、確認下さい!
(そのシーンから再生します)
橋下徹「メディアの薄っぺらな『ポピュリズム』批判はなぜ危険なのか?」 | プレジデントオンライン | PRESIDENT Online
コメント
訳の解らない幼児に「あなたたちは何人ですか?」「日本民族ですよ」ってほんまに訳の解らないことをぶった挙句、人様に多大な迷惑をかけて自分で尻も拭けない輩。辻元議員の総理夫人に対する裏取りって言ったら尋常じゃない所まで行ってますし、元気の素を与えた罪は大きいですよ。幼児に教育勅語を意味不明のまま覚えさそうとする前に、己自ら覚え実践しなあかんのと違うの?こんなことで維新もバトルを繰り広げなあかんとはエエ迷惑ってもんです。だ~れも助け舟を出せないほど大きなことになってますよ。
ヂミン党の余りにも馬鹿っぷりは今更ですが
何とか大阪維新の会を巻き込こもうと企むマスゴミには改めて辟易!
特に「アベ政権機関紙」読売はいい加減にしろ!
共産党も民進党も、
国が買い取り更地にする前までのあの地域一帯に、一体どういう者らが住居として住んでいたのか、ここには一切触らない。
テレビ局新聞社にもすべてここを伝えたが、ここにだけは触らずに一切触れない。
そもそもの一番の原因、
この地域で今回こういう内容を問題視させるようになっていったその素の部分の最大の原因、ここが一体どこにあって今のこういう問題が出てくることになったのか。
★この土地取引上の取得に関して、その時の経緯内容が異常だと叫ぶこの朝鮮民族連中らが煽る土地価格のその金額の件の内容。
★学校の教育方針の内容についてのもの。
この★の部分、
これが一体どういうことからこういう状況が生まれる原因になっているのかを、そもそも何でそういうことになったのか、なぜそういうことまでしてこの土地を国が税金まで使って買い取り、そして国はその土地を何故早々にすぐに国の手から民間に手放したかったのか、ここをこいつらは一切触ろうともしていない。
そもそもこういう内容は大阪だけではなくて全国の大きな都市、特に東京とか大阪ほか全国60を超える都市、空襲で焼夷弾を受け都心一帯が焼け野原になり、その時期焼失家屋の残骸だとかいろいろな瓦礫が都心一帯に日本全国終戦直後にはそこらじゅうの道などを含めそこらじゅうに山積みで大きく積まれて、空襲を避けて都心から住民は田舎に疎開し日本人が都心から逃げてほとんどいなくなっている状況の中、人手も人員も消防も役所もほぼ機能せずに、結果瓦礫がそのままでまだかたずけられることなくしばらく放置状態であった。
そこに乗り込んできていた不法移民の朝鮮民族が日本人の居なくなってることをいいことにそこら辺りの留守にしている土地の一帯を地面に囲いのように材木の杭を撃ちそれを縄で囲い日本人の土地をこいつらが勝手に自分の物だとして、自分の土地だと、刀を振り回して怖がらせて日本人の土地を強奪で勝手に奪い取っていた真っ最中。
だが彼らは住居というものをそもそもまともな資金など持っておらず、本当の住居は建てられずに、黒澤明の映画に出てくるようなあんな結果バラックのような一つの屋根が繋がった一軒間口だけの長屋形状の物を立てて、そこに大勢の不法移民の朝鮮族がそこに住居として住み着いてしまった。
これが大阪だけでも相当多くの地域存在した。
本来であれば国は法律を建てにこいつらを強制的に立ち退かせ、逮捕も出来たはずが、追いだすこともできたはずが、ご存じの通り当時日本は米軍による進駐軍の時代、この不法朝鮮族の不法行為をこれを日本の警察は何のことも出来ずこいつらが好き放題で略奪強奪、日本人がその時期そこに居て無ければ、疎開してそこに居ないことが解れば、すぐに自分の物にしてしまい、法務局の原本の元台帳が空襲で全て焼失して無くなってることをいいことに、日本人の財産である住居地及び所有の土地などまですべて日本国籍に化けた違法移民の朝鮮族が、自分名義で勝手に登記し日本国籍を騙し取って行った。
この連中が住み着いていたところは、本来はこんな連中の土地でもなく、こいつらの持ち物でもなく、日本人が、彼らの暴力でただ奪われて勝手にこいつらが住み着いていただけの土地。
自治体も、警察も、政治家も、一般の日本人住民も、こういう状況を皆知りながらこの連中のことが怖くてそのままで、時間だけが過ぎていき、この状況が数十年続き、結果こういう土地の内容が、違法でこいつらが住んで住み着いていることは誰もが知っているがでももうこいつらを法的に追いだそうだとか、地域の日本人住民が勇気を出してここは問題だなどという声を出す勇気さえも起こせない状況にまでなり、結果戦後何十年という期間誰も触れないところにまでなっていった。
こいつらを追い出すには尋常の手段では出て行かず、こういう一帯を政策での都市開発らしきことで一斉にここを立ち退かせて更地にして、これを口に出して彼らに告げていくようなそんな立ち退かせる政治家が一切出てこなかったのだ。
不動産屋も手を出せない、結果この状況がそのまま開発もされず一種スラム状の地域一帯がそのまま残されていく、これが地域の開発振興に、街づくりに、非常に邪魔になってくる。
誰もが口も手も出さない。
結果どこがこれをやれるかと言えばもう国が動くしかなくなる。
何しろ日本の土地を勝手に奪い取り自分らの物にして住み着き、入り込んできたこの違法移民の朝鮮族がここは自分の物だと言い張って戦後から住み着いている地域だ。
これを一挙に解決には税金を使うしかない。
これは自治体から出す税金ではなくて戦後のあの時期の内容なので本来金など払わずに退去させられるがそこは優しい日本国家、税金まで払ってこんな無法者連中を追い出すのに金を払って立ち退かせるという手段に出たわけだ。
目的さえ解消できればいいという思いだったのだろう。
無法者を処理するには金でしか解決は無理だったのだろう。
目的はとにかく追い出したい、この地から立ち退かせてこいつらをどこかに行かせたい、この町のこの一角から出て行かせたい、ただその思いだけをもって国土交通省もそれに税金での資金を付けた、財務省もそれに加わり何とか戦後の解っていたが見て見ぬふりで放置させてきたこの問題をこの際一気に負の処理をとにかく終わらせたかったのだろう。
それが今回の本質のところだろう。
だからどれだけ金が必要になってもいいぐらいの覚悟で臨んだのだろう。
早く追い出したい、処理してこの内容を消滅させたいと、自分らが戦後知って居ながらずっと放置させてきたことの事実を、これを国民の見えるところから早く消したいと思ったのだろう。更地にさえすればそれで行けると思ったのだろう。
こういう思いで国はこの事案に対処したのだろう。
こんな戦後処理の未解決内容になど、この内容に自治体が直接乗り出してなどはいけない、仕方なく国が動くしかないということになる。
これは実は大阪北区にこの例がある。
大阪北区の場合には、万博という時期もあって国が大阪に向けて莫大な資金投資が出来たのだろう、そこにこれを当てはめて公団と一緒になってこの戦後から残されていた内容を昭和50年代にうまく公団が出てきてそこに公団住宅をひと固まりで地域一帯を一掃させて建設してうまく処理をした。
豊中の内容もおそらくこの事例と同じ内容に思える。
ここ数日色々とこの地の事の過去を知る者、及びこの土地と確か密接に関係してたと思えるある大手新聞社及び公団にと、この連中に徹底的に聞き込みをやったが、誰もが口をつぐんで答えない、これに答えてくれる者がいない。
私はその北区の地域は当時大阪の事情は興味があって当時そこにも何度か見て知っているのでそこには詳しいが自分で生じ沖にこの地域のことを私以外で答えられる者を探したが今日の時点までには皆が皆口をつぐんで喋ろうとしない。
これには理由があって、この北区のこの一角のこの地域のこの地のことをよく知っている者は、実はこの地の者しかほとんどいないのだ。当時一般の日本人であればこんな地域には絶対に怖くて出入りなどできないし、この一帯の住居地の中の道路をひとりで歩くなど到底できる場所ではなかったので、ここの中のことを正味知っている者は日本人の中ではいないほど。そしてもしも知っていたとしてもそのことを喋ること自体が怖がって喋らないのだ。まだ周辺に少しはそういう地帯にいてた繋がる住民がまだ少し残ってるのだ。それで皆が口をつぐんで喋らない。
ここのこの大阪北区の地域の土地と、豊中の今回の問題の地域はおそらく同じ状況の地域だと思えている。
だからこういう土地には国が出てくるしかない。
国がどういう条件を出されてもとにかくこういう連中を追い出して立ち退かせるのに莫大な予算を使ってでもというのは私は理解できる。
文句を言ってる連中の共産党も民進党もじゃあこいつらをそのままそこに住み着かせたままで土地開発駅前開発地域発展の街づくりを市内であんな違法移民の奪い取ったあの連中が住み着いたままの地域をあr手を法y血させほったらかして誰も手を着けずに来てたのにはお前らどう答えるんだよ!って。
おまえらに、あいつらをでは立ち退かせる妙案でもあったのかよ!って。
普通に立ち退くような連中じゃあないぜ!
こいつらを追い出してその地域をようやく更地に出来て、さあこれからできるだけ早くその更地に何か地域の発展につながるものを提案してくる人物はいないかと思ってるところにああいう今の学園を経営する人物が現れた。
これはいいと。
すぐにでも協力しようと。
これは或る意味普通で当たり前だと思うが。
国土交通省にすればその地にああ言う戦後の負の遺産を残されたままになってたその記憶を一日も早く消し去って一気に振興地域に、一皮変った街づくりで一気に気分の替った街にしたいとそう思ったのだろう。
民進党よ!
共産党よ!
おまえらがすべきことはこの戦後にこういう具合に勝手に日本の土地を奪って住み着いて自分の土地だなどと叫んで立ち退かずおまけに国税まで払わされたこの日本国民の人の良さをこれをお前ら感じてるのかよ!って。
おまえらの手でこの不法移民の朝鮮民族をこいつらを一人残らず国外追放に動いてみろよ!
こんな日本の国税まで食いつくようなドロボー連中が存在したからこうして今の時代にこんなことになるわけだ。
原因の元はすべてが違法移民の朝鮮民族が勝手にああいう地域に住み着いたことこれがそもそもの問題だ。
お前らこれについて一度でも追い出しに協力してやったことでもあるのかよ!って。
お前らまだこの日本国籍を騙し取ってる朝鮮族から票を貰ってるほどだよな!
ふざけるな!って。
教育勅語や、君が代を謳わせることの、これらの教育方針の何処がおかしいのか意味が解らん!
日本国民ならごく当たり前で普通だろうが!って。
おかしいと思うのは朝鮮民族ぐらいだぜ!日本人なら別に当たり前だが。
40年住んでますがあそこはほぼ文化住宅でしたよ?小さいときはその一室で家族で住んでましたよ?ただの貧乏一家でしたよ?おっさんなにいってんの?
管理人さん、
ちょっと過激な内容を書いています。
私には表で見えないところで、ご迷惑をかけているかもです。
その点についてはいつも申し訳なく思っています。
もう私も結構な年齢です。
歴史で起きたことが学校でそのまま教えられていない事実、之を生きているうちに私は全国の人ℬに伝えていきたいと思ってここまで来ています。
まあ私の脳ですから、行き過ぎることもあるかもです。
その折にはどういう処理でも結構です、いつでも、これはいくら何でもと思われたら、これはあかんと思われたら、私のことなどどうでもいいですからいつでも削除してください。
まあ私が子供を初めて学校の入れた時期のその時期になってもまだ学校で事実を隠しまくっていた教師と相当ぶつかってきました。
歴史事実を何故隠すのかと。
故意にでっち上げた内容はダメだが、事実はこれは生徒にすべて伝えて、これについて君たちはこの内容をどう思うのかと生徒同士で、教師も参加して、みんなで議論をさせるべきだし家に帰ってそういう歴史について日本という国がどういう歴史で今があるのかをここを家でも親や兄弟を含めてみんなで考えましょうと、教師は伝えるべきだと、これを相当やり合ってきたのが私の歴史です。
当然PTAの係りは無論学校側から校長教頭が自宅に来てまで参加を断られ、生徒らで行く周辺自治会を含めて合同での低学年での行楽地への催しだとか、そういう学校行事にも、一切私には関係させないようにとの思いだったのでしょうが耳にも知らされずできたぐらいです。
子どもを多く持つ私にとってこれは非常に憤慨もんでしたねえ。
輩で暴力r的に行動をやってるわけではなくて戦後の起きていたことが今の日本に大きな負の遺産を残しこれが将来の子供たちへ知らされずに行くことの子の負の状況を放置させることの怖さ、あれだけ戦争の語り部だとか原発の語り部だとかあれだけ歴史事実は伝えるべきだと言っている張本人の学校関係者、教育関係者、新聞テレビのマスコミメディアの連中が、この戦後事実起きていたこの事だけは絶対に隠し通そうと、これについてだけは絶対に明らかにしたくなくて隠し通そうとやってくることの怖さ、
学校がこういうことを平気でやってきたのが大阪の学校の現場でした。
まあ私のような変わり者がいてる(子供の同級生の親らは皆そう思ってるようでした)ということで、管理人さんはそう思ってくださってるのか、ここで書くことを何とか容認してくださっていることに、本当に感謝しています。
>のだちょう より:
さんへ 、
国がその地域一帯を買い取ったわけですね。
国が税金で。
仮にそこに住んでおられたのであれば、当然ですが【立ち退きということ】が発生したわけですね。
その折に国がその地域を買い取って、住んでいる住民に立ち退いていただく場合、当然だが立ち退くその【理由】を、民間の不動産屋ではなくて何しろ相手は国なんですから、なんでその土地に国が手を出してきたのかの、その訳、
国が買うとなれば当然ですが、民間業者ではないわけですから、住民には公としての説明をして、この地の利用を、どういうことに国が使うから出て行ってくださいという理由を、これを必ず住民には説明で言ってきますよね。
どういう理由で国はわざわざあそこを買い取るということになったのですか?
何の変哲もないあの土地を国がわざわざ大きなお金をそれも税金を使ってまで買うだけの理由があったんですか?
確かあそこは国が買い取ってそのうえでそれまで住民が住んでいた建っていたものを解体しその瓦礫を国が処理し、更地にした時点では、国はその時にはまだどういう使い方をするかを決めていなかったようですが。
次に何をするともどう使うともまだ決まっていなかったように報道では出ていて、にもかかわらず国が税金を使ってまであそこを勝ったわけです。
何故だと思われますか?
国はあそこをなにかを作るためだとかの必要に迫られての、そこが、どういう思いであそこの土地をわざわざ手に入れようとしたのですか?
その訳は何だったのですか?
住民の者であれば国がなんであの土地を買い取るということになったのかを、そこは聞いているはずですよね。
どうしてもあそこの土地を必要だったとも思えないが。
では何故あそこに国は税金を使ってまで買う羽目になったのか。
そのうちに学校法人が買おうと声を挙げて出してくれて、其れまで国はただ買って手に入れただけで使い道もまだ決まってなくて、そこに初めて買い手が、そこに学校といういい形の買い手が出てきたと、あそこの再利用ということにそこから初めてあそこの利用となったわけですよね。
違うんですか?
つまり何の使い道も決まっていない土地を国の税金まで使ってなぜ購入し住民を追い出してまで買い取ったのか。
更地にしてもしばらくなんに使うかも決めていないのに何故あそこを国が購入したかです。
ホントに何もないのにあそこを国が手を出して買うという行動に出たわけですか。
であれば国税をこの財務省も国土交通省も先行き何に使うかもわからんと血になぜ購入したのかという別の問題が出てくる。
それなりの購入しないといけない理由訳が実は国土交通省側に有ってそれで先行き何に使うかわからんがあの土地はこの際手に入れてあそこの住民には立ち退いてもらおうと、まあ色々思うところのある問題がありますねえ。
ここらを考えると私が申しあげたことにも関係してこないのかな?
>のだちょう より:
さん へ
あの地域で住まわれたことがあるということですよね。
現状學校敷地になって居る場所を、あそこをかつて住民が住んでいたその土地を、一帯を国が以前に買い取ったということでしたよね。
一寸聞きますが、国は何故買い取ったのでしょうねえ。
国は住民が住んでいる地域を買い取るということは、国が買い取った後何か明確な目的がある場合が殆どですよね。
国がわざわざ先に何も利用の予定もしていない土地を、国土交通省が手に入れようとなどふつうはしませんよね。
どうして国はそこまでして手に入れようとしたと思いますか?
使い道の目的もまだ定かでない時点で何故買い取ろうとしたのでしょうか。
土地にまだ住民が住んでいる状況でその土地を国が買い取ろうとするなんて普通ないですよね。
何か国の事業か何かが決定されていてどうしてもその土地が必要で住民に立ち退いてもらわないと困るとか、そのうえでないと、国が動いてまで普通はしませんよね。
こういう内容の折には必ず住んでいた住民との間での立ち退きの説明がありますよね、何故立ち退いてもらうのかのその理由を提示されますよね。
貴方が住んでいたとすれば当然立ち退きをされることになったわけでであれば国からそれなりの納得できるだけの立ち退きの理由があったはずですよね。
理由は何だったんですか?
例えばよくあるのが国がとなればそこに道が出来るからだとか電車が走るだとかの。
そういう立ち退くべき納得の理由があったはずで、国からのその土地の必要性についての計画も聞いてますよね。
でも見てください。
国は祖bの土地を買い取った後に一体何をしようとしていましたか?
建っていた住居を解体し処理し、後は更地にしてそこからしばらく置いておいて、そこから国は何と何と売りに出してましたよね。一般向けに。
手を挙げてくれるものを探してましたよね。
これはちょっと整合性が建てられませんねえ。
何の先行きへの計画も無ければ予定すら国には無かったということになりませんか?
其れなのになぜ国はあの土地をわざわざ買い取ったのですかねえ。
仮にあなたがあそこに住んでいたならそこのところの国がなぜ自分らを立ち退かせてまでその土地を国が買おうとしたのかのその理由がわからなくなりますよね。
国ってそんな先の予定もない土地をわざわざ買い取る意味があるんですかねえ。
そこには別の理由があったとは思いませんか?
ふつうは国が手を出すならそれなりの理由があるはずだが表向きここは国がタダあそこを手に入れそれを更地で放置させておいてそこからたまたま手を挙げた学校法人に売り渡した。
こんなことって考えられませんよね。
国が目的も決めずに土地を買い取るなどまずありえません。
表で出せない理由があったとしか思えません。
国にそもそも今回の学校が予定だったとすれば、それもちょっとおかしい、
なぜなら、なぜあれだけ長い期間更地で放置させていたのかということもあるし。
学校に売れるかどうかもまだ何の予定も判らずに国はなぜあの土地を買い取ったのか。
個々が実はこの内容の一番の内容ではと私は初めからこれが出た時にそう思っていたがそれは違うというのですね?
出葉先の予定も決まっていない土地に国はなぜ税金を使って買い取ったのか。
個々が疑問に残るはずだが。
立ち退いたのであれば国は住民に理由の説明と、其の住民にはそれぞれに対しての補償での立退料の提示が有ったはず。
立ち退く場合には必ずその理由が書かれていたはず。
もしもあそこに実際に住民として住んでいたというならだがその理由をあなたは知っているはずだが。
国はどういう理由を告げて立ち退いてくださいと言ってきたのかを。
でないと住民は立ち退く理由がないし立ち退いてくれ、でもその理由はないでは、それでは多分国が買い取って立ち退かせて更地にまで行けなかったはず。
いくら金を積まれても反対運動も起きるだろうし、色々とあったはず。
買い取る国は住民に対してどういう理由で立ち退いてくれと言ってきたのですか?
当時教えてもらったのは飛行機の騒音対策でした。飛行機の着陸コースの真下です。
立ち退きは私の住んでた文化では行わず防音工事のみ行い、最後に今の学校のとこと横の公園を作るときに区画整理で市営住宅に入りました。なぜ当時の家主からなぜ最後まで残ったかは教えてもらってません。
昭和55年辺りから60年頃にはまわりほぼ更地でした、阪神大震災のときに仮設住宅が建ってました。
本文長いですが質問ほか何でしたっけ?
あと本文最初のどういう者が住んでたかってどういうものでしょう?別にヤバい人もいませんでしたが(ここに食いつきました)
以上お願いします
正しい判断は、読み手にて、正しく、その後の判断委ねよう。
判断とは、正直に信念を通すが勝ちとなりましょう。正しきとは、いま全てが世に明るみとなりに候。
間違うても、世は比較的.安泰かとの正しき考えと、考えは声が大きくなりに候。
いっちょかみ
すまなんだ
年の功にてのぅ…。
つまりそこは元々一帯での土地自体が広さがかなりあって、貴方の住んでおられた住居の土地は、初めは立ち退きにはならずに、地域は一帯の中に入るが周りだけが立ち退いたということですね。
回り周辺は国が買い取ったわけですね。
国は防音の内容だけでその一帯の住民を立ち退かせるためにそこを買い取ったということのようですが出は貴方の住んでいた場所は土地はその対象にならなかっただけで国は貴方が住んでいたところには立ち退きの交渉には来なかったということですね。
全体のごく一部だけ残して立ち退きをしてもらい、国が買い取り、端数のように残ったあなたの住んで居たところは立ち退きの交渉には来なかったということはこれはちょっと不自然に思えるがでも飛行場の防音工事で一時的に年度をずらそうとの役所のよくやる手法でしょうねえ。
いずれ立ち退いてもらおうという狙いは初めから持っていたと思いますが。
その一帯の全体かまたは区切りごとで解れていたのか底は解りませんが兎に角土地の所有者が誰でどこの者が持っていたのか、
そしてその持ち主はいつごろからその土地の所有者になって居たのか、
明治の前からか大正の前からか昭和になってからか平成になってからなのか、それが何時頃そのものの所有になって居るのかで底で大体の構図が見えるはず。
問題として私が聞いている内容は、質問をしている内容は、
★その土地の所有者はいったいどういう人物が所有していたのかという点。さらに、
★国が買い取りに来た時も含めて、そこの所有者はいったいいつの時代ごろからその土地の所有者になって居たのかという点。
★国はそこを買い取りに来たときそこをどうするからだとか何をするから買いに来たと言っていたのかという点、
★住民は国の方針に皆が賛成をしたのか、それともあなたの住んでるところは立ち退きにならなかったそうなので何故そんな中途半端な立ち退きになってしまったのかという点、部分的に住民によって反対運動が強かったから全体の一部の場所だけは退去が受けずにダメだったとか。
貴方が結局その後市営住宅に尾入居したのちにそこが結局更地になったそうですが、その土地をなぜ国は欲しがったと思いますか?
忘恩の為だけだったのですか?
★であれば後に声を挙げて学校法人がその土地を使いたいと国に対して買いに来るまで放置させていた更地を国はそこになって売ることになっていくわけですよね、其れまでそんな雰囲気も無しで学校法人が来るまで放置させていかにも飛行機の騒音だどうのこうのと言ってるが本当にそうだと思いますか?
ではなぜ学校法人が買うと言ってきたとき、国土交通省は飛行機の騒音がうるさいから買い取った土地であり、それがあるからこの土地は売れないと、国は學校法人側に何故言わなかったのでしょうねえ。
流れ、経緯を見ていると、住民を立ち退かせる時には騒音があるから立ち退いてください、保証しますと国は言いながら、国の本心の、腹での思いは全く違ってたのではと思い当たる部分は有りませんか?
こういう流れでのことは国はいろいろと表で狙うことは出さずに交渉をやって来ます。
忘恩を保証しますなどとp誠に信じ込みそうな内容を出して立ち退かせていながらその後學校を購入者で認めている。
沖縄でも学校の飛行機による騒音がこれだけ問題になって居るのに国は學校にこの土地を売ったわけです。
つまり本当は騒音で立ち退かせたのではないのではという感じる部分は有りませんか?
何を言ってるかというと、
国は初めからその地域一帯をとにかく立ち退かせたかったというのが実は国の狙いだったとしか思えない流れですね。防音と言いながら結果的に後に学校を、その騒音でうるさいと言っていたその土地に、学校が立つのを認める方向にもっていってるんですから。
學校ですよ!
誘致させてるんですから。
防音対策での迷惑がどうのこうのかけるから立ち退いてくださいなんてその後の学校誘致を見ればそのことがおかしすぎますよね。
あれはいったい何だったんだと思いませんか?
所有者の名前を一度自分でその人の名前の漢字を見てみてください。
土地の持ち主、所有者はいったいどこが持っていたのですか?
ありがとうございます、先に最初突っかかった事をお詫びします
わかる部分を書いてみます
土地の持ち主まではわからないです。
文化住宅や一軒家やら密集してましたので土地の所有者も細切れだったのではないかと思います。
家主の所には交渉に来てたかもしれません。一軒家に住んでいたと思われてるようですがこちらは店子でした。
国有地の時は最後は逆虫食いみたいにポツポツと文化住宅が残ってました。私が住んでたのはそのうちの一部屋でした。
ただ単に家主の交渉の折り合いがつかなかっただけかなと。
反対運動なんかは全くなかったです
立ち退きの最初は「騒音」「着陸コースの真下だから危ない」でした。昭和の話です
この時は確かに飛行機がでかいのがバンバン飛んで来てました
関空ができた平成5年辺りからでかいのがバンバンから小さいのがたまにって感じになりました
この辺りで騒音対策の対象エリアが空港方向に縮小されたかと
立ち退きはここに限らず空港までの着陸コースの真下全部でしたのでここだけではないです。空港の方向は軒並み空き地多いです
誘致ってよりただ単に「良さげな土地だった、飛行機飛んでるけどまぁ許容範囲だし」では無いでしょうか
わざわざ30年近くかけてあそこに土地を売る理由も無いと思います。
買うときに何かしたかはまた別の話かなと。
乱文すいません、お願いします
何人も
ヒト
人権侵害
あっては
なるまいや
更なる
いっちょかみにて
死ぬ迄我意見
押し通す
世は沢山の意見にて
今は氾濫する その意見へと
更なる押し深まろう
安倍総理となり
世は まさに意見は 入り乱れよう!
その典型が
森友事件
元住んでいた住民が、合同で国に対して、
【実はあの土地をもう一度住むために買い戻したい】と言ったら、
さてさて国はどんな顔をするでしょうか。
口や頭から泡を吹いて首を横に振るでしょうねえ。
【いえいえ、それはとんでもない!】って。
面白い歪んだ顔をして断ると思いますよ!
つまりそこの住民を立ち退かせたかったのだろうというのが国土交通省の国としてのスタンスだったということになるのでは?
あれが学校だったから認めたのでは?
また、しかもあの豊中というあの地域は、地域にはきちんとした日本人のためになる学校があまり見当たらない。
まあ個人的な話だが、
私の息子が行っていた学校では、教師が、出入りの納入業者から納入の品の金額から(むろん生徒が全額負担の品物について)平気でキックバックを貰っていたり(この業者は私がこの不正内容を告げてその後學校への納入が止まったようで、告げたら翌年だったか次ぎの年に店舗を閉鎖した、大きな店舗で大阪周辺のエリアで学校には金額の高い特殊な部類の商品を毎年常時納入していた業者)。
また、学校内の自動販売機の売り上げも収入および使い道が不透明だったり、
生徒の個人情報を教頭が中心になって情報販売業者に名簿に関する情報を、個人情報を一人200円から500円価格で業者に売り渡していたり、
もうそこらじゅうで教師の犯罪の巣窟のような場所でしたよ。
この内容は、もう20年以上前になるが、大阪では一応進学校の学校ですけど、教師らの犯罪行為はこのレベル。
そこらじゅうを見張ってないともう目が散るほどに存在する。
まあ余談になったが。
とにかく豊中市と聞いただけでそれを思い出してしまうほど。
我々世代で思い出すと言えば、
あの時代のあの地は、
どっちにしても給料が安かった地方から出てきた女の子が蜂の巣のように固まってのアパート群で、男と一緒になって【水=水商売】にハマり、そこで稼いで田舎の家にお金を送り、【水の女の子】の【住まい】となっていたのがあの豊中、庄内を中心としたあそこら周辺のアパート地帯という認識の街。昭和45年~50年ごろ前後。
どっちにしても、豊中は、阪急沿線という高級イメージからすれば見栄えのするような地域ではなかった。まあ大阪市内で勤める水の女の子の全てがあそこに集まって住まいにして寝泊まりしてるのではとまで思えるほど駅から一斉に乗り込んでくる電車での通う者は多かった。
水商売の女の子の住む町といった風情の街だった。
ほかに印象に残るような都市としての印象が、心当たりになる内容など豊中には私には思い浮かぶものは無かった。そんな街。
176号線沿いの街というレベルだけ。
返信ありがとうございました。
買い戻しの話はやってみないとわからない(条件次第?)
学校だからの下りは別に条件あえば学校に限らず他のとこも来たのかと思います。
まわりが音楽大学、小学校、中学校なので別の規制は有るかもしれません。
学校の下りは教師のとこはわからないですが今でいう左な授業がとても多かったです。夏休みの平和登校とか修学旅行が広島だったりとか音楽の君が代のとこにプリント貼ったりとかです
女の人が多かったのはお水じゃなくって音大の学生さんですよ。見た目がそうなのと乗客に女性が多いのは今もそんなに変わってません。ここは認識の修正を願います
住んでるのは昔貧乏人、今ジジババなのは認めます。
ご教授ありがとうございました。
では失礼します