松井知事「大阪自民党バラバラですよ『府議団は市議団が大嫌い、市議団は府議団は必要ない』と言うスタンス」登庁会見 2017.6.1

大阪都構想:法定協対応、自民チグハグ 府議団、修正案提出方針 市議団「設置認める」困惑 – 毎日新聞

(引用)
 大阪市を廃止して特別区を設ける「大阪都構想」の制度案を議論する法定協議会(法定協)の修正規約案を巡り、都構想に反対する自民の戦術が混乱している。府議団が29日、市議団が市議会への提出を見送った内容での修正案を出す方針を決めた一方、法定協への欠席戦術が浮上している市議団は「修正案を出せば法定協の設置を認めてしまうことになる」と困惑。大阪維新の会と公明の協調にくさびを打ち込む狙いだが、府市でちぐはぐな対応となっている。

 修正規約案は26日に市議会で既に可決され、開会中の府議会でも維新と公明の賛成多数で成立する見込み。府議団は29日の会合で(1)名称を「大都市制度(特別区設置)協議会」から「大阪市廃止・特別区設置協議会」に変更(2)表決数の条件を過半数から3分の2以上に引き上げ--の2点を盛り込んだ新たな修正案の提出を決めた。

 (2)は公明が当初要求していた。しかし、公明が導入を目指す「総合区」が法定協の協議項目に入ったことなどを踏まえ、表決数を据え置いたまま市議会では規約案が可決された。自民案は公明をけん制するものだが、八重樫善幸・公明府議団幹事長は「表決数をいじろうとは全然考えていない」とつれない。

 一方、29日の自民市議団会合では、法定協への出席を拒否して抵抗する戦術への賛同意見が多く出た。市議団幹部は「元々は市議団側に『3分の2の修正案を出してほしい』と府議団から話があった。修正案を出せば法定協を認めることになるので拒否したのに」と戸惑い、府議団との調整不足を認める。大阪府の松井一郎知事と大阪市の吉村洋文市長は「嫌がらせのためのパフォーマンスだ」などと不快感を示した。【藤顕一郎、岡崎大輔】

自民府議団の対応について問われタイトルの様なコメントを述べました。

(タイトルのシーンから再生します)


反維新の毎日でさえ、呆れているようですから、救いよう無しですね。

党内バラバラの民進党と振る舞いがよく似ています・・・
共産党にすがる所も・・・

日本維新の会」 「大阪維新の会
・幼児教育から大学(私学を含む)まで、口だけじゃない本気の「教育無償化
・将来、不安な年金を、公平で確実にもらえる「積立式の年金」に転換
・少子高齢化に対応し、地域の創意工夫でさらに持続発展できる社会をつくる
※維新の全国会議員は、歳費の20%(計486万円)を毎月被災地に寄付しています

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コメント

  1. 仲井 より:

    お瓶とひょっとこのまるであっちゃ向いてホイ状態。
    正に転げてしまう狂言状態。
    こんな連中が議員をやっている。
    誰か落とせよなあ選挙で!

    新地で女が傍に居て、人が見て無くて一寸横向いてると、くすねてすぐにどこかに食いついている。
    もう「落穂ひろい」専門のアクセス状態の連中だった。

    日本に違法に入ってきて、日本の国籍を騙し取り、今度は権力が握れる旨みが数十倍になると思う狙いでの欲を積み重ね議員にまで表れだし、結果国民に見えないようにまんまと裏でこそっとくすねてそれを食いつぶしの集団になり、遊びほうけて毎日を過ごし、こんな奴らが決めてきた予算で、その結果大阪の住民はとてつもない10年20年とかかっても返せないほどの借金を作らされ、それを返す羽目にまで使い込んだ大阪の議員ら、この連中、
    こんな奴らが
    【大阪の改革を!】と叫ぶ。
    それを応援するテレビ局新聞社。

    いい加減にしろや!って。

    お前らの犯罪に近い税の食いつぶしについては、知ってて覚えてる者は、ほら、まだこうしてここに生きてるぞ!って。

    花谷はその選挙区をいただいてその跡を継いだ自民党の議員だと思う。
    この間の選挙で、落ちかかった花谷が、本人が面を洗わずに分厚くまでしてもう大丈夫だと、もう忘れてるだろうと、出てきた。
    大阪の住民がそろそろ忘れただろうとの、いつもの知らんぷりの思い込みと傲慢の面の厚さ。
    一番気に食わんのは、とにかくそもそもこんな連中が議員になる方がおかしくて、議員らしくなくてとにかく目的が下種の極みなところ。

    元々この自民党のこの選挙区、花谷のこの選挙区というこの選挙区は、昔からとんでもない出来損ないの男のその親父が此処選出で議員をやっていて、その息子が親父の死後、その地盤の選挙区を後を継ぎ、ところがこの息子というのがとびっきりの遊び人で、ネオンなしでは一日を送れないというほどのネオン好き。
    まあちょっと手が付けられない遊び好きの男で、こいつがもうとんでもないろくでなしの息子で、親父が議員で、自分が議員に立候補するまでは北新地では有名な〇ホボンで、親父の顔で北新地を歩き回り、そこらじゅうの女に手を出して、おかげで通りで大きく言い合いでのしょっちゅう揉めていた男。

    遊びほうけて仕事というものをわたしの感覚では多分ほとんどしていないような感じに見えたが、まあなんかしてたのかねえ。

    そういう状況で過ごしてきていた男が、毎夜毎夜北新地へ出向いて飲み歩いて遊んでいた。
    この状況の男が、親の跡を継いで選挙に出て、まあ地元の住民も愚かというか、こいつがなんと選挙で当選しちゃった。
    みなさんも考えてみてください、こんなもんが今日から議員ですから。
    住民は市民は府民は、いかれコケですわ。

    ところがこの男が議員になってからどう間違ったのか最後には確か議長になったんじゃあないのかねえ。女を手玉で金で遊んでいた手口を議会調整でもやってたのかもね。

    最後は確か表彰までされていたような気がする。
    これがなんと後には確か議長にまでなったのが、これが過去の大阪の議員の実態。
    私はこのころから大阪の市会議員、大阪の府議会議員、とんでもない議員ばっかりだったし、もう腐りはてた実態は、ずっと見てきていた。
    昭和40年代から50年代後半へといく時期。

    こいつらよく捕まらないもんだと、いつもそう思っていたぐらい。

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