ジョン・ダワーさんに聞く 「なぜ、まだ領土問題なのか」

10/30朝日朝刊に掲載された記事です。
ジョン・ダワー氏、戦後日本を研究する米国の歴史家だそうです。

日本が抱える領土問題について、歴史観と視点が興味深く感じました。

(引用)
ジョン・ダワーさんに聞く なぜ、まだ領土問題なのか

 あの碩学(せきがく)も、日中、日韓の高まる緊張に胸を痛めていた。東アジアの領土問題はなぜ、戦後70年近くも解決しないのか。日本の戦争責任はなぜ、こうも繰り返し問題となるのか。「サンフランシスコ・システム」、「歴史と記憶」。40年以上にわたって日本の戦後を見つめてきたジョン・ダワー氏は、二つの鍵となる言葉を示した。

■冷戦が阻んだ解決 米国に全面依存し、中韓に向き合わず

 ――領土問題、そして戦争責任。東アジアでは何度も登場する問題が、一向に解決しません。

 「日中、日韓の歴史認識や領土問題をめぐる確執は、まるでモグラたたきゲームです。でも、ドイツは戦争犯罪を謝罪したが日本はしていないからだ、という意見に私は疑いを持っている。外務省にもらった、日本の謝罪一覧の詳細なリストも持っています」 (続く…)

(続き)
 「では、なぜ同じ問題が繰り返されるのか。この問いの答えは、冷戦期にあります。つまり、ほとんどの大きな問題の根源は冷戦初期、特に1951年に結ばれたサンフランシスコ平和条約と旧日米安保条約に行き着く。東アジアの領土問題は北方領土、竹島、尖閣諸島、台湾、南シナ海の諸島と五つありますが、これらはいずれもサンフランシスコ講和会議で検討されながら、冷戦によって解決を阻まれました」

 「この平和条約によって日米関係は良好になり、戦後日本の繁栄が始まったのは素晴らしいことです。だが、日本の植民地支配と戦争によって最も被害を受けたのは米国ではない。韓国と中国なのです。にもかかわらず、両国は講和会議に出席していません。日本が関係の再構築を本当に必要とした国との正常化は何年も待たなければなりませんでした。これは悲劇です。旧西独と違って、この間に旧対戦国との対話はなく、歴史認識の違いも鮮明になったのです」

 「平和条約をきっかけに、日本は米国に全面的に依存する『サンフランシスコ・システム』に組み込まれ、アジアから引き抜かれてしまった。それでも当時、例えば吉田茂首相が戦中の行為について謝罪することはできたと思います。少なくとも米国が求めるべきだった。そうすれば、韓国や中国との和解に向けた一歩を踏み出せたはずです。しかし、朝鮮戦争が既に始まっており、米国にとっては、日本が『味方』、中国は『平和に対する敵』という構図に変わった。第2次世界大戦が終わってから6年しか経っていないというのに。だから、米国は戦中の話には触れなくなりました。韓国や中国が受けた被害についても発言しなくなる。慰安婦問題や731部隊は、東京裁判でも判断されていません。それがゆえ、日本も自らの行為に向き合うことができず、未解決の課題が今に残ってしまいました」

 ――それにしても、領土問題が、今になって緊張を高めているのはなぜなのか、腑(ふ)に落ちません。

 「それぞれに理由は異なりますが、竹島の場合、米国は意図的に平和条約で領有権をあいまいにしました。過去にさかのぼって調べると、これはかなり複雑な問題であり、日本が言う『明確に固有の領土』というほど簡単な話ではありません。国内政治も大きな要因として絡んできます。韓国はナショナリズムの後押しで、領有権を強く主張する選択をしましたが、何年も解決されていなかった問題について、日韓双方の国内であえて主張する勢力が出てきたと言えます」

 「尖閣諸島についても、中国側は講和会議当時、領有権の主張をしていますが、米国は無視しました。現在の中国は国内にいくつも問題や矛盾を抱えており、怒りや不満の矛先を日本に向けさせるよう領土問題を利用したのは明らかです。ただ、尖閣についての主張は荒唐無稽とまでは言えません。また、あえて中国を刺激した勢力が日本側にもいます」

 「ただ、どちらも51年に解決されるべき問題だったのです。何の変化もなく、60年が経っていることがおかしいのです。北方領土についても、50年代に重光葵元外相が旧ソ連と交渉し、2島返還で合意に至る可能性があった。しかし、米国が『ソ連と合意すれば、沖縄返還の必要性を認めない』と脅し、機会は失われます。米国に従属したため、日本が戦後の問題を解決できなかった例がここにもあります」

 ――結局、すべての問題に米国の意図が絡んでいるわけですか。

 「米国の政策に日本が巻き込まれている例はもちろん、対韓国、対中国関係に限ったことではありません。沖縄をはじめ、日本にある米軍基地は安保条約に基づいている。でも、その目的は日本の安全保障だけでなく、米軍の前方展開の拠点を維持することでもある。朝鮮戦争、ベトナムやカンボジアの空爆、最近もイラク戦争などで活用された。これらの戦争は正義とは言い切れないのに、日本は常に米国に従い、意見を言うことすらできなかった。これでは将来、米国が世界で始める戦争にも日本は巻き込まれるでしょう」

 「歴史家としてみると、これらのことはすべて、サンフランシスコ・システムに起源があります。日本は繁栄と引き換えに、身動きできなくなったのです。そして、そのまま現在に至り、打開策を見いだすことが困難になっているわけです」

 ――それでは、日本人の多くが、中国、韓国の激しい怒りに戸惑っているのはなぜでしょう。

 「私は現代史の研究家として、戦争と平和の問題に時間を費やしてきました。その中で、特に関心を持ってきたのは『歴史』と『記憶』の関係です。歴史は過去の研究のようにみえますが、常に現在の人間が利用し、多くの場合は誤用する。そのため、記憶と歴史の関係は今日の世界情勢にも影響し、しばしば議論を巻き起こします。現在の日韓、日中関係ではそれが強く表れています」

 「例えば中国の反日デモが一番強くなったのは、柳条湖事件が起きた9月18日です。日本では記憶されていない日ですが、中国としては象徴的な日なのです。被害を受けた中国が記憶している歴史は、日本が記憶している歴史とは異なるのです。韓国の場合は、植民地として支配され、名前も言葉も変えられたことが強調されています」

 「同時に、国が被害者意識を語る場合、多くは他国による攻撃に集中します。現代中国は軍閥の元で苦しみ、共産党政権になってからも大躍進政策や文化大革命でたいへんな苦しみを受けました。しかし、被害者意識はそこには向かわない。一方で日本も、戦争中に関しては広島や長崎の原爆、最近では北朝鮮による拉致事件に被害者意識が集中しています。でも、戦争の加害者としての意識はほとんど出てきません」

 ――この歴史認識の問題は、日本特有なのでしょうか。

 「そんなことはありません。世界のどこをみても、国は都合のいいように歴史を利用しています。朝鮮戦争の研究者が調べたところによると、米国人の証言からは米兵たちが厳寒の中で苦しんだことしか出てこないそうです。一方、北朝鮮では、米国がすさまじい空爆によって土地を平らげたことが強く記憶に残っています。ベトナム戦争についても、米国で語られるのは自国の苦しみです。ワシントンの慰霊碑には5万8千人の米兵の名前がありますが、はるかに多いベトナム人の死者は忘れられています。極めて憂うべき、歴史のねじ曲げです」

 「特に注意すべきなのは、被害者意識には他者への理解の欠如が常について回るということです。他者の立場を理解することは同情ではありませんし、賛同でもありません。しかし、相手の立場で物事を考えられることが重要です。その理解の敵となるのは、常にナショナリズムであり、愛国心です。米国の外交における失敗の多くは、理解の欠如によって生まれています。日本でも残念なのは、韓国や中国で怒りが続く理由を認識できていないことです」

 ――この現状から抜け出す道は、本当にないのでしょうか。

 「日本の政治が米国から離れることは、現実的には難しいかもしれません。研究生活の最後を迎えても、踏み出した当初と同じ質問が続くのは私も残念です。その一方で、韓国や中国、日本との間では良好な関係もたくさん生まれています。日本ではKポップや韓流ドラマがはやり、ビジネスの関係も多く築かれています。反日デモで日系の店舗が襲われ、ショックを受けている中国人も多くいます。こういった市民レベルの関係が増えれば、愛国心やナショナリズムをあおる政治に対して、反作用となります。領土問題をきっかけに戦争を望んでいる人など、どこの国にもいないはずですから」

■取材を終えて

 戦後、日本人がなるべく開かないようにしてきた胸の奥深くの「秘密の扉」がノックされた。そんな気分になった。ダワーさんが鋭く突くのは、「米国への従属」という戦後日本の桎梏(しっこく)であり、忘れ去りたい加害者の記憶なのだから。断固とか決然とか、そんな勇ましい言葉は決して解決にはならない、改めてそう思う。(中井大助、真鍋弘樹)

     ◇

 John Dower 38年生まれ。マサチューセッツ工科大名誉教授。著作に「吉田茂とその時代」、ピュリツァー賞受賞の「敗北を抱きしめて」など。 (10/30 朝日新聞より)

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