(橋下市長 twilogより引用)
僕の考えそのものです。twitter.com/ashikabiyobiko… 選挙至上主義と言われ続けた8年間。しかし選挙を徹底的に大切にする政治家・国民にならないと民主主義のレベルが上がらない。ただし旧い人たちが選挙を嫌がる気持ちは分かる。それはかつての選挙は質が悪かった。中選挙区制で、政策が競われず、人間的な繋がりや利益の繋がりが重視される選挙では、選挙の意味がない。政策を競い有権者が選択する選挙への転換が日本の国にとって最重要。反対だけを唱える野党は全く存在意義がない。
朝日から読売までのメディア、それに学者まで、皆、戸惑っている。僕がやろうとした、この選挙の意義の転換に、ついて来れなかったのだろう。大阪都構想の住民投票によって大阪の人たちは気付き始めたと思う。
読売も酷かった。民主党野田政権が消費税増税を決めたときには、公約に反することでも国にとって必要なことはやれ、そしてそれは次の選挙で審判を受けよ、と。とんでもない。こんなことをやったら選挙が全く意味をなさなくなる。
朝日も酷い。僕を徹底的に選挙至上主義者として、選挙が全てではない、デモこそが世の中を変えるものだ、と。僕が大阪都構想を協議する法定協議会のメンバーを入れ替えるために出直し選挙をやったときもメディアは一斉に批判。意味のない選挙だと。
法定協議会のメンバーの入れ替えは、当時の議会の慣行上、やろうと思えば維新の会で断行できた。しかしそれは、あまりにも強権的すぎるし、もちろん維新の公約に掲げていたことでもない。だから出直し市長選挙で信を問うた。
出直し市長選挙では、相手方は意味のない選挙だとして対抗馬を立てなかった。メディアも、出直し市長選挙をやっても都構想は実現しないから意味がない、と。しかし、こここそが、僕がやろうとした選挙の意義の転換のポイントだった。
市長出直し選をやったがゆえに、法定協議会メンバーの入れ替え手続きの正当性を主張できた。法定協議会のメンバー入れ替えは強権的手法だ。メディアからも徹底批判を受けたが、僕はそれなら出直し市長選挙で僕を落とせばよかっただけと反論できた。
その後も紆余曲折あり、最終的には住民投票まで辿り着けた。小選挙区制に弊害があることは百も承知している。そしてその弊害を理由に中選挙区制の復活を主張する政治家も多い。政治はよりましな方の選択だ。
政治が政策を競い、選挙で有権者が選択し、行政が実行する。この当たり前の民主主義を実践するためには、選挙の意義の大転換が必要だ。そのためには中選挙区制よりも小選挙区制の方がましだ。質の良い選挙を徹底的に大切にする国を目指したい。
(続く…)
(続き)
選挙結果が出れば、反対していた者も含めて政治はその政策を実行しなければならない。しかし国民はその政策について当然いくらでも批判はできる。なぜ批判できるのか?それは実行する「責任」を負わないからである。メディア・学者の類も。選挙で政策を競った政治家は、選挙結果に従わなければならない。それは実行する責任を負うからである。負けた選挙結果に従わなければ、自分が選挙で勝ったとしても相手が従わず実行できなくなる。
政治が実行力を伴うためには、政治家は、負けた側も選挙結果に必ず従うというルールが絶対に必要になる。僕がやろうとした選挙の意義の転換だ。これについて来れないメディアは選挙至上主義と批判する。
国民は実行する責任を負わないので、選挙で支持された政策であっても、いくらでも批判し続けて良い。ただしそれは政策に対する批判であって、絶対にやってはならないのは有権者の判断がおかしいという批判だ。
自分がこの世で一番賢いと勘違いしている世界一バカな連中は、自分の主張が選挙で支持されなかったときに、有権者がバカだと言い募る。選挙で競い合う根性もない連中に限ってそうだ。
政治家は実行する責任を負うからこそ、有権者の判断を尊重する。有権者の判断次第で政治家としての命も絶たなければならない。国民はそこまでの責任はないので選挙結果に縛られる必要はない。しかし有権者そのものを尊重する国にしなければならない。
そうですね。国民は最終責任者ですが、実行する責任は負いません。責任とは実行責任です。 RT @Dante_kinoko: 責任を負わないではないよ。結果自分たちに跳ね返ってくるのよ。やってる側の政治家の方が責任は辞めるだけでリセットされる世の中じゃないか。
大阪都構想の住民投票を受けて、僕や維新の会はそれまで反対していた大阪会議は受け入れた。自民提案の条例には賛成に回った。ただし大阪会議では何も解決できなかった。ゆえに今回の選挙にて大阪会議に代わる案として大阪都構想の必要性を訴えた。
その他、今回の選挙にて、大阪維新の会は、橋下市政で議会で否決され続けた多くの政策の必要性を訴えた。自民・公明、その他の党には、今回の選挙結果を踏まえ、維新が掲げた政策実行のために協議をして欲しい。維新も譲らなければらない。
選挙結果を受けて、選挙で支持された政策を実行するために妥協点を探る。維新は自らの主張を100%通そうとしてはならないし、他党は全否定をしてはならない。妥協点を探って実行する。これこそが選挙の意義の転換の、効果だ。
それからメディアや自称インテリ諸君。口を開けば対話、対話と言うが、現在の冷徹な国際政治の状況をもっと勉強して、「政治的」対話の本質を理解せよ。自称インテリの「サロン的」対話と「政治的」対話は決定的に異なる。
「政治的」対話を成立するさせるには「政治的」力の背景が必要不可欠。それは軍事力だったり、選挙での力だったり。力の背景のない対話は、政治的対話になり得ない。論説委員や自称インテリの対話とは決定的に異なるところ。
僕の市政のときに、対話で解決できるものは全て解決した。解決できなかったものは、どう対話をしても解決しようのないもの。だからこそ選挙で一定の政治的力を背景にせざるを得ない。選挙結果を受けて政治的対話が始まる。
選挙結果という政治的力を背景に対話を進めようと思えば、それら課題については選挙まで徹底的に対立をしておかなければならない。政治的対立の中で選挙があるからこそ、その選挙結果に政治的力が生まれる。
政治的対立いわゆる政治的争点が明確になればなるほど、選挙結果に政治的力が生まれるという政治メカニズムへの理解が、日本のメディアや自称インテリには全くない。課題についてなあなあの対話が続いている中で選挙が行われても全く意味がない。
僕は以前、交渉のプロで最も重要な能力は見立ての能力だと言った。対話で解決できる課題と、対話で解決できない課題の峻別。対話で解決できない課題を延々対話していても全くの無意味。何も結果を出せない。
僕は、一期目において対話で解決できる課題は全て対話で解決した。そして一期目において対話で解決できない課題については、選挙を挟んで政治的力を得て、次のステージで対話を続けるしかないと判断した。政治的実行のプロセスとしてはこれしかない。
選挙を踏まえ得ての政治的力を強く得るためには選挙前には徹底的に対立しておかなければならないというメカニズムについて日本の政治学者も全く知見がない。こういうことを言う政治学者は皆無だったな。まあ政治を実践していないから仕方がないが。
つまりある課題について政治的対話で結果を出すためには、選挙前にはその課題について徹底した政治的対立が必要となる。対話を進めるためにこそ対立が必要になる。これが結果をしっかりと出す政治的実践だ。今回の選挙で政治的対話の環境は整った。
対話を進めるための対立。メディアも自称インテリもチンプンカンプンだろうね。これは選挙の意義の転換が完全になされれば当然のテーゼとなるだろう。民訴法学者新藤幸司教授の争点効理論にヒントを得た。
徹底した論争を繰り広げた争点について一定の判決拘束「力」を認めるという理論。徹底した論争への判定にこそ「力」が生まれる。司法では争点効。政治では選挙「効」。
ゆえに対話では解決不可能と見切りをつけた課題については選挙まで徹底的に対立を繰り広げる。有権者に見える形で。選挙後の対話を見据えての対立。政治的対話は「力」の背景が必要だから。今回の選挙で一定の選挙「効」が生じた。政治的対話を期待する
(引用終わり)
結局、メディアが民主主義の熟成を阻害してるんですよね。
そうなっては困るから・・・
情報提供にネットを重視する維新ような政党が、力を付けるのはやっかいなんでしょうね。
でも、もうこの流れは止められないと思う・・・
コメント
国の、国民にやることの根っこの部分、
この根本の部分のことが今の日本の新聞テレビの連中は全くわからん。
解らん連中というよりも奴らはそもそも日本の財産を奪いに来た連中なのでそもそも奴隷制度の延長のような、つまりは一部の者だけが国の財産を奪い取れる社会を作るために動いてきたのだ。
その奪い取れるその立場に付きたいがために奴らは日本民族では想像も出来ないような悪辣な手法でこれを作り上げようと嘘と騙しと工作でやってきている。
そのごく一部の利権の受け取れる中に自分が存在する社会、これだけを築きたいだけなのだ。
日本人からすれば新聞もテレビも識者と称する連中らも、こいつらのことを「なんでそれが解らんのか」と思ってしまうが、
そもそも奴らはそういう部類の者らでは全くない民族。
そもそもが泥棒のように日本の抱えている、生み出される財産を、これを何としてもまんまと手に出来るにはどうすればいいのかだけを考えてやってきているのだ。
だから解る解らないというような問題ではなくて、奴らは、そもそもそういう生き方育ちで日本で生きていないのだ。
あのユニクロが日本でここまでやってきたブラック内容など、その一例であり、典型。
解らない連中だと思いがちだが、そもそも連中は初めから狙ってきてやってきているので、私に言わせれば、正当な国家の利益を国民の利益を、合理的適正に配分されるべきものを、まんまと利権に捉えて横取りで犯罪者がやるようなことをやって来たそのものなのだ。
それは日本というこういう真っ正直な国民、正善説で物事を捉え考える民族の居てるところに、詐欺師そのままの、税金と日本の財産をそれを狙ってのドロボー連中がいつの間にか日本人だと名乗り、日本の国の中枢を、機能部分までもを略奪していったのだ。
戸籍に書かれたものを絶対信用する日本国民と、
戸籍などいつでも騙して書き換えて騙せるもんだと思い込んでいる国民民族との違いが、こういう日本の本来あったはずの民主主義が壊滅させられたのだ。
下には這いくばっていた者が、いつの間にか国の中枢に存在しだしその時点で日本の国家日本の民主主義を壊滅させ日本の財産を徹底的に略奪できるシステムに作り上げてきた。
渡ってきて日本人国籍に入れ替わった不法朝鮮民族の思う壺の国家に今日本はされている。
それがいつの間にか日本国家の中枢部分にまで入り込まれ、結果日本国家の一番重要部分の中枢の部分の、その国家運営での税金の管理から執行に至るまで、公安までが中身をまんまと奴らにそっくりと抜き取られ、奪われ、日本民族の国民も奴らの策略にここまで騙されて、日本民族だと思い込まされてそれに気づかずに、そのまま疑うことも無くして放置させてきた。
日本の民主主義が昔の村社会から、これはこれで当時はこれでよかった。
そこに、企みを持って入って来た奴ら、環境も違い、身分も違う、奴隷制度の無い日本とは全く違う社会から全く別世界から日本にそのまま入ってきた連中の、立場が上に行けば行くほどの徐々に徐々に気づかれないように朝鮮民族が徐々に徐々に勝手に、自分ら元は何にも持っていないところに日本の財産をうまい手で盗む手法、仕組んだ手法に日本の民主主義が壊滅させられた。
選挙がすべて利権のみで動く形に、そもそもの民主主義らしき日本の選挙を、これを、まさに朝鮮流の奴隷制度の無い社会でまんまと利権を奪える選挙方式、利権突合せでの金銭欲だけがまかり通る朝鮮民族手法の選挙体制に変えてしまったのだ。
政策を語るにも常に利権構造をちらつかせての選挙だけを行うという朝鮮が身分制度を開放してからもあそこがやっている利権どっぷりの箇所付け選挙そのものの感覚にそっくりと変えられてしまった。
ここは日本民族が目を覚まし、日本人が日本人の手で本来のあるべき民主主義の成立する選挙実態を再度本気で構築させるべきである。
奴らの手から、奴らが略奪し壊滅させてきた日本の民主主義を、これをこれこそいま日本民族は取り返す手段に出るべきだ。
其れこそこれからの若者がこれからの選挙を変えて本来の日本人の日本民族が願う選挙制度選挙方式に戻すことをやらねばならぬ。
奴ら全く別の国からきた連中がこういう利権選挙に、朝鮮流に入れ替えてしまったのだ。
ここを国民に晒さずして、出さずして、日本のいまある自民公明共産民主の政治集団が、まともになるとは思えないし、考えられないところまで来ている。
大阪の公務員で起こったあの考えられない内容の、
大阪の公務員の、現役で存在している職員で、実に400名もの【学歴の詐称】があったと報道された。
採用時の履歴書での、その中の学歴の部分で実際の学歴ではなくて実は全く違うありもしないでっち上げた嘘の学歴が、その職員採用時の本人の身元素性部分での証明の履歴書に嘘が書かれていたということが判明した。
これはまあ普通は日本民族の中では到底考えられない構図。
これが実は朝鮮人民族の芯の実態なのだ。
この連中はおそらく日本の国籍まですべてが日本の国籍を不法に騙し取った家系の連中と思える。
この連中がなぜ存在していたかということ。
当時大阪は、いや兵庫、京都もなども、ほとんどが実はコネでの推薦という形で公務員採用が行われ、一般の国民は一切採用など初めから採用されない仕組みが作られており、採用者は、ほぼ職員関連の親族で占められ、親族血族者同士で庁舎内は占められてきたのだ。
この実態こそが朝鮮で今も行われてきている血族親族で利権は占有するという実態。
日本人の能力の優秀なもんが昭和30年代まではほとんどが公務員になどはなりたくないという意思表示時代、朝鮮人がこれ幸いともう集団で日本人に化けて日本の公務員に採用されていった。
一度採用されれば朝鮮流は満開でとにかく身内の公務員採用を最優先で行くようになった。
これが日本の戦後に役所という役所が実は日本民族のいない状況に入れ替わりだした。
昭和の40年代の半ばぐらいまではまだ採用されて期間が短い朝鮮人公務員も昭和50年第60年代へと行くうちにだんだんと公務員の中で幹部にと徐々に徐々になって言って結果日本の国家の財産がjここらあたりから徹底的に奴らが食い物にしだしたのだ。
元々狙っていて狙える年代と狙える公職の役職に突き出してそこからより以上により以上に欲をかきだし手当たり次第に国家の財産を食い物にする手法を編み出しだしたのだ。
元々の本性がまともに出て来出したのだ。
もう戦後70年経過し日本国民は絶対に気づいていないと奴らは思い込んでテレビ局でも新聞社でもバレていないと思い込み、偉そうに表でものを言うようになり、こういう連中は、そうやって来ていた奴らは、突然に20年近く前ごろから、私のような奴らの実態を、本当の姿を、この日本国籍を騙し取った連中がいま日本で偉そうに日本人に化けてものを言っていることを知っている人間が出て来て、そのことでまあ私も命を狙われたりもしたが、でもここまで何とか生きている。
これからの若者は知っておくべき、
この間のあのシールズがどういう国の連中かとか、
この日本国籍を騙し取った連中が多く存在する霞ヶ関、東大をはじめとする大学の教授という連中、
また、
人数が一番多いのが実は全国自治体公務員、教師をはじめ、もう税金が動く場所に集中的に奴らの狙い通りに塊で存在している。身内親族ごとで一家総動員で。
これを早く認知しておくことだ。
大阪の学歴詐称など奴らにすれば親の代から普通にやっていたまだかわいいものだと奴らには思うだろう。
国籍家系図、これを平気で金銭で売買が可能な国が朝鮮民族のいてるところ。
学歴位ちょろい者なのだ朝鮮民族にすれば。
日本民族ではもう初めからそんなことなど考えもしないが朝鮮人はとにかく人よりも一つでも高いところ身分制度の奴隷制度が存在した朝鮮ならではの極限的公理の認識で代々これは永遠につながれてきているのが朝鮮民族なのだ。
有名な野球監督の嫁がやったり国会議員に立候補したああいうろくでもない認識が朝鮮人はあんなことなどふつうにできるのが奴らの国の素性、事情なのだ。
民主主義の根幹には正直が無ければ成立しない。
虚偽と嘘とでっち上げと、ドロボー行為と、搾取略奪、有りもしない誹謗中傷での言葉使い分けでの陥れと、
朝鮮流は人間の底辺の這いずり回るゴキブリ以上。
日本の民主主義にこいつらは要らない。
この間の住民投票、
今回のダブル選挙、
橋下さんが言われるこの民主主義というものの、これの確立をやろうとすると、日本全国でもこの大阪という所が一番それを求められる場所であり、これまで全国でも民主主義が一番成立していない地域でもある。
あながち大都会であるということもあるが、大阪はほんとに大都会なのかと私などは思ってしまう。
大阪市内をよく見てほしい。
東京と比べれば本当によくわかるんだが、
大阪の中央で、一番の中心は大阪梅田駅周辺。
東京ではやっぱり東京駅の或る八重洲口周辺、
之を端的に比べて見ればよく分かるが、
大阪の梅田駅からバスで一つ停留所へ来るともう平屋の戦中のママじゃあ無いのと思われる20軒長屋の住宅が5列も7列も短冊状に並んであちらこちらに梅田の液を周りを囲むように存在している。
もう建造して70年80年以上経過して居そうな周辺の塊の地域はそこらじゅうで存在している。
昔、住宅本体の正面の幅が玄関入口の幅と同じで、しかも玄関の間口が一間物の一軒が、昭和の40年代半ばでも当時200万円から400万円レベルの程で売買されていた長屋の一軒家がそこらじゅうにまだ何にも変わらずに存在している。
大阪の最大の駅梅田駅からバスで、ひと停留所まで乗ってきて降りたら周りがまだこの状況。
東京の八重洲駅口からバスに乗って、バスでひと停留所乗りそこで降りたら、大阪の梅田周辺のようなこんなこと考えられない。板橋のもう埼玉との境目まで行っても大通りの道路わきに立つ建物で平屋の長屋が何列も並んでいる場所など少なくとも私は車で走ったりしていたがほぼ見たことが無い。幹線の関7から表の大通りを延々走っても、その大通側に面した建物で、そこら一帯が何十件も短冊状に連なるような戦時中に存在したかと思わせるような長屋の平屋で広いそこらじゅうを占められている地域など、東京で私は見たことが無い。
川沿いに近いところの大田区当たりの国道を走っていても、延々ずっと何階建てかの事務所ビルを初め所謂ビルが両サイドを板橋まで埋めている。
私の親類が前に来た時に大阪は30年前に北がその時と何か変わったのか?と言われたことが或る。
梅田からタクシーで走って、直ぐの30秒で、もう平屋の住宅地域一帯集合のところが出てくるし、しかももう戦後まなしに立てたのかと思える平屋の長屋が多いなあって。
大阪はほんとに景気がいいのかあ?
名古屋はもう駅前など凄いでえ。
空を見上げるような高層ビルが桜通りに面した名古屋駅都ホテル当たりの名古屋タワーの周辺など凄いでって。
大阪って梅田周辺の駅前はいったいなんなん?って言われた。
大阪の民主主義が破壊されていると、こういう都市計画、街づくりの計画、都市発展についての経済政策等の重要内容についての計画がそもそも湧き起らずに展望などほったらかしで、年度ごとに、入ってくる税金を今度は誰に幾らというこういうことだけに議員が走り回る。
本来の議員の仕事など奴らはやってなくては要る税金の山分けの話だけに集まっていた本当に腐った集団がこの大阪を握っていた。
民主主義は完全に見捨てられ、大阪のいわゆる橋下さん出現までは彼らが言っていた民主主義というものは、本来の民主主義などで鼻kぅて利権集団の犯罪者連中が作り上げた朝鮮流民主主義と言われる者であり、本当の日本人に向けられた民主主義などではない代物だったということ。
それが今回のダブル選挙での反対運動をやっていた連中、
この間の住民投票で暴れまくって嘘八百広めテレビまでが加担したあの団体活動は、これこそが犯罪者そのものであり、他の何物でもない集団。
大阪で言われていた民主主義という文言は、実は搾取構造の手助けをする構造になっていた。
まるで中国共産党と同じ匂いの集団組織。
奴隷制度を彷彿される発想。
こんな連中に民主主義を教えても無理。
追い出すか叩き潰すか日本から追い出すかたたき出すしか手はない。
一つ考えられるのは、新聞社、テレビ局の既得権益を徹底的につぶし取り上げ、そして彼らの組織には一円たりとも税金がかかわれないように締め上げればいい。
ツィッターの中でも触れられていますが、あの出直し市長選、本当に大きな意味を持っていましたよね。相手方は「大儀が無い!」の連呼でしたが、要は橋下氏にどう転んでも勝てなかっただけの話ですからね(笑) んでその橋下氏が出ない先の市長選でも惨敗と(笑) ホントどうしようもない奴らです。
全ての、
テレビ、新聞社、識者ぶって喋るコメンテーター、政治家、
こいつらがダブル選挙が終わって結果が出た後で知ったかぶりで出してきたコメントの数々で、今回の選挙が終わってからの、私が一番腹が立っているのは、
彼らが常に同じように言っていたことが、負けた原因のことで、
そもそも選挙の進め方の作戦が悪かった、だの、
やり方や候補者の選択が悪かった、だの、
共産党と手を結んだから悪かった、だの、
もうこいつらほんとに解ってないんだなあと。
一番の原因は、
今回落選で負けた自民党自体に大阪を任せることなど出来ないという国民の声だったということが、こいつらまだ本気で解っていないということ。
大阪にこんな奴らなど要らんと、答えを出したということ。
西成区でも柳本後の補欠選挙で
「おおさか維新の会」の議員が新しく誕生した。
奴の地元でだ。
要は、自民党がこの大阪で、もう二度と首長などで政治活動になど出てくるな!という国民からの最後通達だということ。
自民党、公明党、共産党、民主党、社民党、
こんな大阪の腐った欲ボケ老人が牛耳る政党が、そこが推す、柳本、栗原になど大阪を任せられる政治家としての価値が無かったということ。
一番の原因は選挙のやり方どうのこうのなどは全く関係ない。
根本のところを奴らは自分で解っていて、でもそれを表で出す理由をこんなくそ内容に変えて出してくる。
自分らでこの大阪を世界にも名が通る都市に作り上げる、そして東京とスクラッチでものが言える、そういうどこにも遠慮せずに国家、地域、総合的に、機能する大都市大阪にすると。
そういう自治体にするというこの指揮、主導者、首長に、こいつらのような、こんな自民党公明党共産党民主党の推すこんな腐った税金泥棒になど任せられるか!と、
ようやく騙されていた者の目が少しだけ開いたのだ。
これまでのこいつらがやってきた腐った内容を、もう許さぬという国民が叫んだ結果だ。
松井さん吉村さん、
彼らとはそもそも能力でも人間性でも、奴らとは中身の価値が格段に違い過ぎた結果だ。
どっちが大阪、いや日本にとって大事な人材か、
どっちが日本のことを国民のこを真剣に考えてくれているかが、
そこがようやく国民、府民、市民に解りだしてきて、そこを考えて選挙の投票をしたのだ。
やり方だとか、戦略だとか、いかにも詐欺師の、騙す奴が考える原因探しであり、もう今の大阪は橋下さんが出て来てからは、本気で勝負、真一文字で国民にぶつけて勝負を出来る地域に替りつつある。
過去のように、
騙して票を貰う、
金を渡して票を貰う、
既得権をちらつかせて票を生む、
選挙を、金もうけの手段でやってきたあいつらのここまでの選挙のやり方が、その中身が悪の不正まみれの下種な欲だけを抱えての思惑での選挙だったと、橋下さんらの暴露でスケスケで見え見えにそれが見えだし、国民がそれにようやく気付きだし、あいつらがここまでやってきていたああいう選挙がようやく大阪ではもう通用しなくなりつつある初めての国民の為にもなる大選挙であった。
橋下さんというこのもの凄い人が出てきたから大阪の国民府民市民が多少とも選挙というものがどういう意味合いのものか、其れの価値がどれだけ大きいものなのか、
不法不正の既得権益を持つ連中が、今まで、この選挙をどうやってまんまと利用して自分らの都合よくこれを利用してきていたのか、
やってきていたのか、ここを少し考えてくれるようになってきた。
橋下さんのやってこられたことで一番大きなことは、もしかすると目で見て形には出ないがだがこの選挙というものの価値、意味、これを国民に考えさせだしたことかもしれない。
多くのことを誰もが出来なかったことをここまで走って走ってやってきてくれた人だが、日本の憲政史上、日本の中で、この大阪で、国民が選挙の意味を自分の頭で自分でそれを初めて考える、特に今まで選挙になど足も向けなかった若者らにも、自らの頭で考えさせるその矢を放ってくれたかも。
その切っ掛けを作ってくださったのかも。
日本国民にとったら、
もしかするとこのことが、橋下さんが我々国民に対してやってくれたことの一番大きなことかもしれない。
彼がやったことの中で最も大きな意味ある内容だったのかも。
誰もが思っていたことが今まで誰もそれを動かせることが出来なかったがこの間の住民票から今回のダブル選に向けてより以上に若者に対して選挙とはこういう意味が或る、行かないと自分が望む社会を、自分の気持ちを放棄することになるということを、懇々と語り掛け伝えてきたことが、それが初めて若者たちを動かし出した初めての選挙かもしれない。
やっぱり橋下さんは、まあすごいなあと。
何しろ一直線で最重要課題に突き進むかと思いきや、だが彼の頭の中はまあそのやることの幅の枠というか、とにかくもの凄くやることが物凄い大きな、しかも広い幅で、もう大津波のようにやっている。
口では、こうやって文字で書くのは簡単だが、実際に現場で国民に訴え国民に理解を求め、国民に実際に行動に出てもらうようにやって貰えるようにすることなど、普通の人には到底できないし、これをやり切るにはもう至難の業だ。
だが、これを橋下さんはこんな僅か8年ほどのこの期間に、ガラッと空気を入れ替え、こういう内容を国民自身に自らで考えさせる、そういう基盤を、国民自身の脳裏に植えつけ作ってくださった。
ほんとに凄い人だ。
でもまだまだ国民すべてにもっていかなければならぬ。
これからもっと凄いパワーともっと凄い粘り強い国民向けの語り掛けが必要になってくる。第二第三の橋下さんが必要になってくるし、育てねばならぬ。
日本のテレビマスコミは利権しか脳裏に無いので、
これからも、選挙を、民主主義を、こういう内容を国民自身に考えて貰っては困る、不味いと思っていて、国民には見えないように気づかれないように今までそうしていたからまんまと内緒に税金が自分らに回ってきていたが、それがバレていなかったから出来ていた。
だから今まで隠れてまんまと税金の食いつぶしが出来たのにと思ってる側なので、そこを容赦なく土足で乗り込んで突き破っていくのがこれからの橋下さんの剛腕にかかってくる。
それこそ大事で、でもこれが一番難しく難儀な課題だ。
これからはこれを全国に伝え全国の国民にこれを浸透させていかなければならぬ。
本当はこんなことは世界では、マスコミメディアが伝えていくべきものが、日本では利権のど真ん中にいてるマスコミメディアは、これをやって欲しくない側の奴らなので、奴らの手でそれをやるとは考えられない。
絶対にこれをやりたがらない。
そうなると自らで全国の大阪維新の会関係者で全国に伝えていかないといけなくなる。
全国の若者の間で携帯でうまく使ってとにかく若者の間でそれがもう常識になるように常にそのことを選挙の価値の大きさ選挙の投票権の意味合い、これをラインで拡散してもらうことを心がけるべきだ。
新聞テレビは、政治家以上にこれを邪魔する側だから、期待などできない。
カネが動いていく場所に、税金が流れていく場所に必ずそこに居たくてどんな卑劣なことでも相手を陥れてでも平気でそれがやれる民族の集団。
必ず居場所を見つけて、匂いを嗅ぎながらその場所を見つけ出していく下種極まりない連中、こうやって金のにおいだけ嗅ぎながら食いつくのが新聞テレビ局。
こいつらには、お金しか見えない種族の民族。
でも「おおさか維新の会」は、ここまで来た。
これからどうこれが日本で浸透していくのかを、楽しんで見ていられるところまで来たことが凄いことだ。
これをやれる人材は、手助けしてもらえる人材は全国で多い方がいい。
全国の国民に浸透させねばならぬし、これをやるには、鉄は熱いうちに、次の参議院議員選挙が、まずはすぐにくる最初の関門だ。
常に目線をきちんと見渡して、隙を作らずに、気は許せないという時期だ。