4/16 橋下氏ツイッターPart.2「自民党は、今の教育委員会行政の問題の本質を分かっていない・・・」

(引用)
自民党教育再生実行会議が教育委員会制度の抜本的改革の提言を出した。これから中央教育審議会で詳細に詰めていくらしい。この自民党の提言には大きな問題がある。おそくら知事や市長として実際に教育委員会を切り盛りした経験のない者によって机上の論として作られたのであろう。

自民党の教育委員会改革案では、教育委員会の非常勤委員による合議制だけを問題視している。認識が甘い。教育行政の根幹の問題は、助言指導行政と言う、教育委員会制度特有の哲学だ。すなわち教育委員会と学校との関係こそが問題なのである。

教育委員会と学校との間の責任関係が極めてあいまいになっている。教育委員会は学校に助言指導を行うが、責任はないと言う建前だ。責任は学校長にある。????しかし、教育員会は学校に対して様々なことを指示している。しかも校長や教員の人事権は教育委員会にある。校長は教員の人事権すら持たない

もっと言えば、通常の市町村の教育委員会は、校長や教員の人事権すら持たない。都道府県の教育委員会が持つ。これでどうやって学校が責任を負えと言うのか。このような状況であるにもかかわらず、教育委員会は自らは助言指導機関で責任は負わないと言う。ここが無責任体質の根幹だ。

教育員会事務局には指導主事と言う役職がある。教員職が教育委員会に入り、学校を指導するのである。しかし、その責任は規定されていない。責任のない指導とは何なのか?それは街中の無料よろず相談と同じじゃないか。にもかかわらず、自民党案は、指導主事を充実させよと提言する。(続く…)

(続き)
自民党は、今の教育委員会行政の問題の本質を分かっていない。教育委員会の合議制も問題の一つだが、さらに重要なことは、教育行政の根幹を流れる責任を伴わない助言指導行政だ。学校運営の責任者は誰か?僕は学校長だと思う。だから校長に人事権も予算権も渡すべきだ。

教育委員会は、一定の教育水準を確保し、また緊急事態が発生したときに助言指導ではなく、自らの責任で指揮する。平時は学校長が運営責任を負い、教育委員会は校長人事でマネジメントする。ゆえに校長人事権を整理しなければならない。高校は都道府県、小中の義務教育は市町村にしなければならない。

今は小中の校長人事権も都道府県が有している。これでは市町村教委が責任をとりようがない。整理する。教育委員会は助言指導だけ行い、責任は負わないと言う建前。政令市を除く一般の市町村教育委員会は小中学校の校長・教員の人事権もない。ところが学校長にも教員人事権がない。誰が責任者だ?

助言指導行政など止める。それは一般の行政と同じく、指揮命令にすべきだ。指揮命令なら、それを出したものが責任を負う。教育現場には指揮命令はそぐわないとして助言指導なんて言うまやかし概念が生まれた。しかし助言指導と委員がら実際は指揮命令。それでいて責任を伴わない最悪の仕組みだ。

自民党にはもう一度再考してもらいたい。政治家が大きな方針を決めて、専門家が中身を詰める。その最初の大きな方向性が間違うと、とんでもない制度になる。自民党の認識は不十分。教育行政の問題は、助言指導行政。指導主事の責任のあいまいさ。責任を持つ者に人事権を持たせるべき。

都道府県教委と市町村教委の権限・責任の再整理。市町村教委は、地元の小中学校の校長・教員の人事権すら持たない。ここが一番の問題点だ。そして自民党の提言の中に入っている「政治的中立性の確保」だ。自民党、どうしちゃった?

政治的中立性の確保とは、教育内容が党派性を帯びないことと言う趣旨で、首長が教育に関与しないことと言う趣旨ではない。今回の自民党だって立派に教育に関与しているではないか。文部科学大臣だって政治家だ。この政治的中立性の確保なんて言い出したら、今やっている自民党の提言だってアウトになる

政治的中立性の確保は、日本特有の概念だ。これは地方首長の教育への関与の禁止と言う意味。だって国レベルではガンガン政治が教育に関与しているじゃない。第一次安倍政権の時に教育基本法が改正されたけど、これも立派な政治的関与。

さらに教育基本法を具体化しようと僕が知事のときに大阪教育基本条例を作ったが、そのときには政治の介入だ!と散々やられた。国レベルでは政治が関与してもよく、地方レベルだと政治の関与はダメ。この理屈は成り立たないだろう。ただ教育内容が党派性を帯びるのは良くない。だからこのチェックは必要

しかし教育内容が党派性を帯びることを防ぐことと、教育行政の責任者を誰にするかは別問題。自民党は、政治的中立性と言う言葉に惑わされ、首長を責任者にすることに躊躇した。ゆえに教育長を責任者とするが、これでは責任の所在はさらに複雑化する。

首長と教育長との関係、教育長と新教育委員会の関係、教育長との学校の関係。自民党案ではこの責任の所在は不明確なままだ。なぜなら最初の問題意識の出発点が間違った。教育委員会の合議制だけを問題視した。だから委員会の中で責任者を教育長にすれば良いとなったのであろう。

違う。まずは教育行政の助言指導行政を問題視しなければならない。そして各プレーヤーを抽出し、責任を割り振る。次に責任を負う者に権限を渡す。これが思考の手順だ。首長、教育委員会、教育長、指導主事、学校長。そして都道府県教委、市町村教委。これらプレヤーの責任と権限の整理が改革のテーマだ

ところが自民党案では教育委員会の合議制を一番問題視した。それと教育の政治的中立性。教育に政治が一定関与するのは当たり前だ。それが民意の注入になる。今回自民党が教育委員会制度の改革に乗り出せたのも、政治が関与したからだ。文科省だけでは動かせない。

そうであれば、国レベルでは政治が関与でき、地方では関与できない理屈はないはずだ。教育内容が党派性を帯びないようにするための仕組みは作ったらよい。しかしその問題と責任者は別だ。責任者は、やはり選挙で選ばれた首長にすべきだ。

自民党に問う。政治的中立性の確保の観点から、首長を責任者にできないのであれば、国も同様にすべき。文科大臣は政治家から選ぶべきではない。そして総理大臣と文科大臣の関係を、首長と教育長の関係と同じにすべきだ。中央教育審議会が地方で言うところの教育委員会にあたるのだろうか。

第一次安倍政権の教育基本法も、今回の自民党の教育委員会改革提言も、選挙で選ばれた政治家が責任を持って引っ張っている。地方も同じだ。責任は首長や議会で良いはずだ。ただ教育内容が党派性を帯びないための仕組みは必要だろう。それは国の中央教育審議会にあたる新しい地方教育審議会だろう。

今の教育行政は、完璧な中央集権体制。国が動かなければ地方は何一つ動けない体制。そこを何とかしようと挑戦したのが大阪教育基本条例だった。今の教育行政の体制は、地方の首長や議会を教育から排除し、文科省をトップとする鉄のピラミッドとなっている。

前大阪市長は、この教育の政治的中立性を鵜呑みにし、政治が教育に口を出すべきではないとして、市長として何も旗を振らなかった。その代り、いろんなところで教育に関するシンポジウムをやっていた。シンポジウムをやるくらいなら、大阪市の教育改革で実践すれば良いだけなのに。

全国の自治体の首長は、この政治的中立性と言う言葉に催眠術をかけられ、教育行政には一切タッチしないと言う状況になっている。これが日本の教育が停滞した最大の理由。国が、文科省が動かなければ、教育は全く動かない仕組み。国や文科省よりも優れた自治体もあるはずだ。そこが切磋琢磨すれば良い

地方の教育行政も、国の教育行政と同じ仕組みにすべきだ。選挙で選ばれた者が責任者となる。そして教育内容が党派性を帯びないように審議会を設ける。もし政治的中立性を確保すると言うなら、政党所属の政治家である国会議員が文部科学大臣に就任することを禁止すべきだ。

文部科学大臣に政党所属の国会議員が就任することだけで、すでに教育の政治的中立性など確保されていない。日本における教育の政治的中立性とは、地方政治を教育に関与させないという意味。政治的中立性と言う言葉で中央集権体制を維持している。このレトリックに一番騙されているのが朝日と毎日だ。
(橋下氏 twilogより)

「維新」「増税なし」で大阪でやったこと
・私立高校無償化
・幼児教育無償化
・大阪府大・市大授業料無償化(2020年度より)
・中学生塾代助成制度(月額1万円)
・中3まで医療費実質無料(高校生は1回500円)
・授業用タブレット導入とクーラー設置
・水道料金値下げ
 など
「維新の会」が、これまで行ってきた改革の数々

日本維新の会 – 未来共創ラボ produced by 日本維新の会 – DMM オンラインサロン
「未来共創ラボ」は、参加者が国会議員、首長、地方議員らと一緒になって日本の課題解決のための政策をつくり、実際に議員立法や国会質問を通して国会に政策提言をしていく日本初の新しい政治参加の仕組みです。

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