橋下氏「朝日新聞のコラムは酷かった。こんな政治批評では政治はよくならない」1/12のツイート

(橋下徹氏twilogより引用)


(出典:https://twitter.com/shinichiueyama/status/1083850797929029633)

これも府と市が一体となって安倍政権に働きかけ、安倍政権が8年前倒しでリニアの大阪開業を早めてくれたおかげ。府と市は大阪都構想によって未来永劫一体になる必要がある。


(出典:https://twitter.com/shinichiueyama/status/1084009003871432704)

民間から来てもらった藤本交通局の辣腕でした。


(出典:https://twitter.com/masa_mynews/status/1084014916971913216)

都知事が大号令をかけて、本気で職員組合と向き合えば、すぐにできます。ポイントは交通局長人事。外から辣腕者を引っ張ってくるのが知事最大の仕事です。


日本の政治がダメというなら、それは政治家と同時にメディアによる政治批評がお粗末だからだ。報道の自由が保障されている民主国家において、政治とメディアは車の両輪。ここ2日間の朝日新聞のコラムは酷かった。

佐伯氏は今の日本社会に文句を言うだけで、最後の2行で「次の時代は自前の国家像と社会イメージが問われる」で終了。蟻川氏は日本の対外的・対内的主権の行使の不十分さを抽象的に論じるだけで、そもそも憲法9条が対外的主権を脆弱にさせている点は等閑視。こんな政治批評では政治はよくならない。

<<下に続く>>


(異論のススメ)平成の30年を振り返る 失敗重ねた「改革狂の時代」 佐伯啓思:朝日新聞デジタル

 4月で平成も終わる。この30年を一言で特徴づけるのは無謀なことと承知しつつ、あえていえば、平成とは「改革狂の時代」だったといいたい。

 元号が昭和から平成に替わったころ、私は在外研究で英国に滞在していた。日本経済はまだ「向かうところ敵なし」の状態で、英国経済の再生の実感はなく、サッチャー首相の評判はすこぶる悪かった。ちょうどそのころ、社会主義国から西側への「脱出」が始まり、ベルリンの壁の崩壊へと続く。当然ながら、英国でも、社会主義の崩壊という歴史的大事件がもっぱらの関心事であった。

 日本人の研究者やビジネスマンたちが集うとよく日英比較論になった。ほとんどのビジネスマンは、日本経済の盤石さを強調し、この世界史の大混乱のなかで、経済は日本の一人勝ちになるといっていた。だが私はかなり違う感想をもっていた。日本経済がほとんど一人勝ちに見え、日本人がさして根拠のない自信過剰になる、そのことこそが日本を凋落(ちょうらく)させる、と思っていた。賛同してくれるものもいたが、あくまで少数派であった。

 確かに、英国経済の非効率は生活の不便さからも十分に実感できた。しかし、その不便さを楽しむかのように、平穏な日常生活や、ささやかな社交の時間を守ろうというこの国の人の忍耐強い習慣や自信に、私は強い印象を受けていた。

 一方、にわか仕込みの金満家となった日本人はといえば、ヨーロッパの町々で大挙してブランド店に押し寄せ、かの地の人々の失笑を買っていた。確かに英国の中産階級の若い者など、ほとんどブランド品に関心をもたず質素な生活をしていた。

 しかし、私には、仲間が集まっても、ほとんど狭い専門研究の話か仕事の話しかしない日本の研究者やビジネスマンよりも、この世界史的な大変化の時代にあって、英国はどういう役割を果たすのか、といったことがらに、それなりの意見をもっている英国の「ふつう」の人々に、何かこの国の目には見えない底力のようなものを感じていたのである。

 そして帰国したころにバブルは崩壊し、経済は急激に失調するとともに日本人はまったく自信喪失状態になった。そうなると、われわれはすぐに「外国の識者」の助言を聞きたがる。また無責任に口をだしてくる、(大半が)米国の知識人がおり、それを重宝がる日本のメディアがある。何が日本をこうさせたのか、という悪者探しが始まる。こうなれば「問題」は次々とでてくる。

 かくて、官僚システム、行政規制、公共事業、古い自民党、既得権益者、郵政事業、日本型経営、銀行などが次々とやり玉にあげられ、「改革」へとなだれ込んだ。やがて「改革なくして成長なし」といわれ、日本経済の低迷の理由はすべて改革の遅れにある、という言説が支配する。驚くべきことに30年たっても同じことが続いているのだ。まさしく「改革狂の時代」というほかないであろう。

     *

 日本の元号の変わり目が世界史の大転換と符合するなどということはめったに生じるものではないが、平成の幕開けは、世界的には冷戦の終結と重なっていた。つまり、平成とは、冷戦以降の世界状況への対応の時代でもあった。そして、改革論は、冷戦以降の世界に適応するためには日本の大変革が不可欠だと唱えた。

 冷戦以降の世界は何かといえば、巨大なグローバル市場の形成であり、世界的な民主主義の進展であり、IT革命と金融革命である。それはまた、冷戦以降を見据えた米国の新たな世界秩序形成にかかわる覇権的戦略でもあった。だから日本の「改革」とは、冷戦以降の米国覇権への追従であり、グローバリズムへの適応だったということになる。

 それで、その結果はどうなったのか。平成が終わろうというこの時点でみれば、これらはことごとく失敗に終わったというほかない。

 情報・金融中心のグローバル化は、リーマン・ショックに見られるきわめて不安定な経済をもたらした。その帰結がトランプの保護主義である。また、グローバリズムは、はげしい国家間競争を生み出した。その帰結が、中国の台頭と米中の「新たな冷戦」である。

 自由と民主主義の普遍化という米国の戦略は、イスラム過激派との対立をうみ、しかもその米国の民主主義がトランプを大統領にした。冷戦終結の産物であるEUは、いまや危機的状況にある。ITからAIや生命科学へと進展した技術革新は、今日、無条件で人間を幸福にするとは思えない。むしろいかに歯止めをかけるかが問題になりつつある。

     *

 これが、冷戦以降の30年の世界の現実であろう。日本はといえば、政治改革が目指した二大政党制も小選挙区もマニフェストもほぼ失敗し、行政改革が官僚システムを立て直したとは思われず、経済構造改革にもかかわらず、この30年は経済停滞とデフレに陥ってきた。大学改革も教育改革もほとんど意味があったとは思われない。米国への追従とグローバリズムへの適応を目指す「改革」はおおよそ失敗したのである。

 「改革狂」の平成時代はひとつの過渡期であった、と考えるべきであろう。「改革」が目指すべきものは我々自身の価値観とともに生み出さなければならないのであり、平成の次の時代は、われわれの自前の国家像と社会イメージこそが問われる時代になるはずなのだ。

     ◇

 さえきけいし 1949年生まれ。京都大学名誉教授。保守の立場から様々な事象を論じる。著書に「反・幸福論」など

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