5/5 橋下氏ツイッター「これまでの憲法論議は、メディアや学者、コメンテーターなどの飯の種としての憲法論議だった・・・」

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(引用)
今の憲法論議は、日本の民主主義を成熟させることになる。良いことだ。これは憲法が変わる現実的な可能性が出てきたから。これまでの憲法論議は、どうせ憲法は変わらないと言う下で、ポーズとしての、ファッションとしての、そしてメディアや学者、コメンテーターなどの飯の種としての憲法論議だった。

朝日、毎日が96条改正反対にフルパワーになってきた。読売、産経は96条改正にフルパワー。予想通りの展開。良い、良い。これが96条改正が争点にならなければ、ここまで盛り上がらなかっただろう。59条や、63条じゃ、ここまでにはならない。いきなりの9条でも、単純なイデオロギー闘争。

96条改正だからこそ、立憲主義など憲法の原点に返る議論となった。ここまで議論されているのだから、やはり議論の最終決着は国民投票で決するべきだ。そのような環境を常に持っておくことが、日本の民主主義を成熟させる。96条が改正されれば、日本のメディアは常に今の状態になる。

自ら血を流して自由と平等を勝ち獲ったわけではない日本国においては、憲法が変わるかも知れない現実的な可能性を保持することが民主主義に緊張感を持たせる。これまでの新聞メディアの政治欄を見てよ。酷いもん。誰が誰と会った。誰と組む。党内の見解が不一致。しょうもない記事ばかり。

それが今や、堂々たる憲法論に生まれ変わった。こうなると俄然、新聞社が強くなる。テレビは、政治家の討論の場となる。新聞社は国民への情報提供の最強ツール。生の事実を伝えるに長けているネットも、政治論議の基礎材料を提供するには不向き。ここにこそ新聞社の活路がある。(続く…)

(続き)
新聞が読まれなくなった時代になったとよく言われるが、この憲法論議においては、新聞がなければ国民は判断できない。96条を改正して、憲法が変わるかもしれない民主主義の緊張感が少し高まれば、販売部数低迷に悩んでいる新聞社にも活路が見い出せるだろう。どう?朝日、毎日さん。

うちの家族の中でも憲法論が少しだけ始まった。良い、良い。父親として、少しは偉そうにしゃべれる。日本国は、国民自らが権力と闘って自由・平等を勝ち獲った国でないからこそ、国民投票を通じて、民主主義を成熟させる必要がある。国民投票になれば、今の数十倍、議論は盛り上がるよ。

そして日本国民は賢明だ。行き過ぎには歯止めをかけるし、だらしなければ尻を叩く。日本の国民の判断は危険だと、朝日、毎日、そして護憲派と呼ばれる人たちは偉そうに言う。憲法学者の樋口さんは民主党に政権交代させた国民の判断を危険視する。まさに、憲法のことしか視野にない憲法学者の意見だ。

自民党から民主党への政権交代だけを見るのではなく、その後民主党に制裁を加えた一連の行為全体で評価すべき。民主党政権前の政治から、今の政治は確実に良くなった。まだまだ不十分だから、維新の会も頑張るけど、それでも一連の政権交代は全体とすれば良かった。政治に緊張感が生まれた。

日本の民主主義に緊張感を。日本のメディアに緊張感を。徹底した大議論を踏まえて、そして最後は国民が判断する。この繰り返しで民主主義は成熟する。行き過ぎは必ず是正される。その是正装置さえしっかり保持しておけば良い。公正な国民投票と選挙。

96条改正反対派の一貫した哲学・価値観は、国民投票や選挙を信じないこと。国民投票が全てではない、選挙が全てではないと言う。じゃあ何で決するの?この人たちは、自分たちの考えこそが絶対に正しいと信じきっている。だからバカな国民には委ねたくないと。

96条改正反対派の思想・哲学こそ危険であり、日本国憲法の価値相対主義にそぐわない。96条改正反対派の人たちは憲法を守れ!と言うが、実は自分たちこそが日本国憲法を守っていない。どのような考えが絶対的に正しいかは分からない。だから国民の判断に委ねる。これが日本国憲法だ。
(橋下氏 twilogより)

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